Ⅰ. はじめに
「はい……、気を付けます」。そう言って一色いろはは珍しく落ち込んだ表情を見せる。
かと思えば、次の瞬間には「ですよね!」と満面の笑みで冗談めかす。しかし今度ばかりは本当に反省しているのか、「冗談です。……ちょっとマジで気を引き締めます」と真面目な表情も見せる。
一色いろはというのはこういう人間だ。愛嬌をふりまき、ときには軽口もたたきながら、しかしきちんと責任を取るべきところは取る。
その体裁を気にする様は雪ノ下陽乃に似ているが、周りへの気配りは由比ヶ浜結衣に類似しており、しかし真面目に仕事に取り組む様は雪ノ下雪乃を彷彿とさせる。
そう考えると、一色いろはというのは一見とらえどころがない人間のように思える。しかしどこか軽薄に思えてしまう彼女も、その小悪魔めいた仮面の下にはきちんと芯のある何かを秘めているという予感もある。
いったい一色いろはというのはどういう人間なのだろうか?今回はその一色いろはという人間について考えてみたい。彼女の行動、彼女の立ち位置を考えていくことは、俺ガイルという作品の構造をひもといてゆくことにもつながると思うのだ。
Ⅱ. 一色いろははどう評されていたか
ⅰ. 「ブランドイメージ」
一色いろはとはどういう人間か。
それを知るのに良い手掛かりとなる一文がある。生徒会選挙のとき、八幡はいろはを以下のように評価していた。
プライドがやみくもに高いわけではなく、媚を売るべき時に売るべき相手に売り、末永く愛されるように気は使うけれど、しかし決して自身を安売りする気はなく、自分の看板に傷をつけないように注意を払う。つまるところ、彼女は自身のブランドイメージを守りたいのだ。
(渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。⑧』p. 312)
いろはは自分の「ブランドイメージ」を損なうのを嫌った。だから信任投票を避けようとしていた。ならば彼女の「ブランドイメージ」を傷つけず、むしろその価値を高くすればいよい。そういう論理で八幡はいろはを生徒会長になるように仕向けた。
つまり、ここでわかる一色いろは像というのは、他者からの評価に重きを置いているということだ。
孤独でも己の信ずる道を行くタイプ(例えば雪乃や八幡)とは違って、いろはは周りから承認されて自分に価値を見いだすタイプの人間だと、この時点ではそのように言うことができるだろう。
ⅱ. 自らの価値を高めるということ
注意したいのは、他者からの評価に重きを置く、というのは裏を返せば自分の価値を高めたいと思っているということ、つまり最終的には自分のためであるということである。
それは周りから陰で笑われるのが嫌だからでもあるし*1、また自分の価値を高めることで誰か(葉山)から好かれるような人間になるためでもある。
とにかくここで言いたいのは、一色いろはというのは自分のためなら行動することを厭わないということである。
ただ、自分のためなら生徒会長になることもためらわない、その主体性の強さこそが、一色いろはの強みである。そして主体性が、ディスティニーでの葉山への告白にもつながっている。
Ⅲ. 一色いろはは何を欲したのか
ⅰ. 「……わたしも、本物が欲しくなったんです」
「忘れませんよ。……忘れられません」
そう答えた一色の表情は常よりもずっと真剣だった。
「だから、今日踏み出そうって思ったんです」
彼女がいったいどんな本物を願ったのかは知らない。それが俺が抱いた幻想と同じものだとは限らない。そもそも、そんなものがあるのかもわからない。だが、一色いろはは確かに願ったのだ。それはとても崇高なことだと思う。
(渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。⑨』pp. 361-362)
八幡の「本物が欲しい」という言葉に感化されたいろはは、自分でも「踏み出そう」と思って葉山に告白する。
彼女が「本物」という言葉をどうとらえたかは定かではないが、いわゆる「陽キャ」として生活する中で、その日常にどこか欺瞞めいたものを感じていたのではないかと想像するに難くない。
だからこそいろはは八幡に興味を持ち、何気なく奉仕部に顔を出すようになったのだろう。
ⅱ. 主体性の強さ
そしてここにも見受けられるのが、いろはの主体性の強さだ。
人というのは、誰かに影響されてもすぐに行動できるものではない。しかしいろはは安々とそれをこなす。まさに行動力の化身だ。
そしてその主体性はクリスマスイベントでも発揮される。「揉めるのは嫌だ」という副会長に対して、いろはは「わたし的に、しょぼいのってやっぱちょっといやかなーって」と言って対抗する決意を表明する。
言葉は軽いかもしれないが、いろはが心の奥に秘めた決意、決断力というのは固い。
そしてそういう強い主体性こそが、俺ガイルという作品においては雪乃と好対照をなしている。
Ⅳ. 一色いろはをどうして問い詰めたのか?
ⅰ. 「もちろん、わたしのためです!」
前回、第2話ではプロムの企画を持ち込んだいろはを、雪乃が問い詰めるシーンがあった。
「今回[プロムを]必ずやらなければならない理由がない」と言う雪乃に、いろはは「今やるしかないんです。今始めれば間に合うかもしれないから」と強く訴える。
さらに「……それは、何のために、誰のためにやるの?」と雪乃が問うと、いろはは「もちろん、わたしのためです!」と宣言する。
雪乃はこの返事を聞いて初めてプロムを手伝うと言うわけだが、しかしそれはどうしてなのだろう? この返事のどこに雪乃が手伝う理由があったのだろうか?
ⅱ. 「わたしのため」に
結論から言えば、雪乃がいろはを手伝う気になったのは、いろはが主体的に判断してプロムをやりたいと決意表明をしたからだ。
もし仮に、いろはが全部雪乃に助けてほしいとか、雪乃に全部任せたいと言っていたら、雪乃は手伝いを引き受けなかっただろう。
雪乃はいろはが主体的に行動しようとしたから、彼女を手伝ったのだ。
ⅲ. 「魚の獲り方を教える」
しかしそれは当然のことだ。というより当然のことだったはずだ。
というのは、奉仕部は「飢えた人に魚を与える」のではなく、「魚の獲り方を教える」部だったはずだからだ*2。
「自立を促す、というのが一番近いのかしら」*3と言ったのは、ほかならぬ雪乃自身だったはずだ。
ⅳ. 歪(いびつ)な構造
だからいろはのプロムの依頼を、雪乃が手伝ったのは原点に帰れば当然のことのように思える。
しかし今では、それが少し歪(いびつ)に見えてくる。なぜなら、今ではほかならぬ雪乃自身が「自立」していないということが明らかになっているからだ。
ここにある種の歪な構造が見て取れる。すなわち、雪乃は奉仕部への依頼者たちに「自立」することを促しているにもかかわらず、実は自分自身が「自立」し切れていないのだ。
ⅴ. 雪乃(主体性の欠如)×いろは(主体性の充足)
そしてこの構造がはっきり読み取れるのが雪乃といろはを比較した場合だ。
つまり、雪乃が主体性を欠いているのに対して、いろはの方は、上述したように主体性を十分にもっているのである。
ⅵ. では誰が「自立」したかったのか?
雪乃が依頼主たちに対してかたくなに「魚の獲り方」を教えたがった理由はここにある。
つまり雪乃は、「自立」できない人間を生み出すのは嫌なのだ。「依存」するだけの人間をこれ以上生むのは嫌なのだ。
ほかならぬ雪乃自身がそれを欲しているはずなのに、雪乃はそれを他人に促してしまう。しかしそれはもちろん雪乃が「自立」へと近づく一歩であるわけだが、自分の願望を誰かに押し付けてしまうというのは、どこかの誰かに似ている気もする(詳しくは前々回の考察【俺ガイル完 1話】感想・考察「諦める」ことの意味 - 野の百合、空の鳥を参照されたい)。
では雪乃は、本当に「自立」することができるのだろうか? それは次回以降の展開とともに考えていきたい。
Ⅴ. おわりに
今回は3話をきっかけとして一色いろはという人間について考えた。
彼女は当初、自分の「ブランドイメージ」を気にしていた。ただそれは自分の価値を高めたいという意欲と裏返しであり、その欲求が彼女の強い主体性につながっていた。
いろはは「小悪魔」の仮面をかぶりながらも、胸の奥にいつも強い主体性をそなえており、その行動力は誰にも劣らないほど強いものだった。
そしてその主体性の充実こそが雪乃の主体性の欠如と好対照をなしている。いろはの主体性を尊重する雪乃は、しかし自分こそが主体性を欠いてしまっている。
はたして雪乃はきちんと主体性を持てるのか、「自立」することができるのか、それがこれからの展開の鍵となるだろう。
3話の感想・考察と銘打っているが、しかし内実はほとんど一色いろはについての考察になってしまった……。
しかし「やはり、一色いろはは最強の後輩である」というサブタイトルにふさわしい一色いろは像は提供できたように思う。
一色いろはは本当に強い人間だと思う。体裁を気にしつつも、真面目なことには真摯に向き合い、それでいてしたたかさも備えるというのは、並大抵の人間には真似できない。
「社会」で成功しそう、と言ったら元も子もない気がするが、それ以上に自分を根本から肯定していけるような強さが彼女にはあるように思う。改めて良いキャラクターだなと思う。
そして次回からはもう少し繊細な人間たちを扱わねばならなそうだ……。しかしそれはまた次回の話。
差し当たっては最後までお読みいただいた読者の方々に感謝申し上げたい。それではまた次回に。
<参考文献等>
渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。①-⑭』(小学館 ガガガ文庫、2011-2019)。
アニメ『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(2013)、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。続』(2015)、『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。完』(2020)。
<次回>
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