野の百合、空の鳥

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2023年おもしろかったアニメ——2023年をふりかえって①

はじめに——イメージを眼差すこと

Vilhelm Hammershøi, Interior, 1899, Oil paint on canvas, 64.5×58.1, Tate.

具体的な一枚から始めよう。

デンマークの画家ヴィルヘルム・ハマスホイの描く室内は、いつもどこか〈暗さ〉を抱えている。閉ざされた扉や振り返らない妻イーダが、その〈向こう側〉に、得体のしれない何かを隠しているような感じを覚える。

絵画に配されたこの〈秘密〉、ないしは〈夜〉はしかし、ハマスホイの絵画にだけ見られるものではないだろう。ひろくイメージと言われるものを見るとき、われわれはイメージそのもの、というよりも、その〈奥〉にあるものを見てしまう。

翻ってそれは、イメージそのものを眼差すことがいかに難しいかをことづてるものであるが、さておき、想うのはやはりこの〈夜〉のこと、イメージが湛えるこの〈秘密〉のことにほかならない。

 

*

 

もうすこし簡単に言ってみよう。

たとえばアニメを見るとき、私たちはほんとうにアニメを見ているのか。

当たり前だ、見ているに決まっている、と思った人もすこし立ち止まってほしい。なるほどたしかに私たちはキャラクターの動きを眼で追って、うつくしい背景やきらびやかな撮影処理に魅了されているかもしれない。

しかし同時に、私たちはこのキャラクターの動きは昔見たあのアニメに似ているだとか、この背景は昔行ったあの場所に似ているとか、このエフェクトの色は昨日見たイルミネーションに似ているなとか、そういうことを考えてもいるのではないか。

あるいはもっと奇妙な体験をすることもある。初めて見たはずの光景が見たことのあるようなものに、つまりデジャヴのように感じられたり、アニメーションの運動が気持ち良すぎてその一瞬だけ時間が止まってしまったかのように感じられたり、脳内に急に別のイメージが浮かんできてそのことに囚われてしまったりする。

要するに、たったひとつのイメージを見ているつもりでも、私たちは思い出や記憶、情動に喚起されて、まったく別のイメージのことを考えてしまうのだ。

 

*

 

今年はそういうイメージの力をよく考えた年だった。

そして同時に、主観的なこの体験を、言葉というある種の客観性をそなえた媒介で伝えることの難しさをよくよく味わった。

ほかならぬこの私がイメージを見て感じたこと。まったく違う時間に導かれたこと。まったく別の空間に彷徨いこんだこと。まったく異様な体験をしてしまったこと。

再現不可能なこの現れを、それでも言葉に落とし込んでみること。ときには言葉を引き裂いて、それ自体をイメージにしてしまうこと。まったく別の生を生きているはずの人に、なぜかそれが伝わってしまう奇跡。

はたして私はこのイメージの〈夜〉を、何を通して感じたのだったか。これは不可能な追体験のための、せめてもの抵抗の記録だ。

 

 

 

アニメ

2023年は、どのクールもだいたい30本くらい完走した。切ったアニメも入れれば、だいたい毎クール40本くらいは見られたのではないかと思う。

取り立てて印象に残ったアニメを、以下、クールごとにすこし列挙しておく。便宜的に「ベスト」と称するけれど、それは必ずしもいわゆる「クオリティが高い」ことを意味するわけではない(なかには「クオリティが高い」とされ得るものもある)。

ベスト(クール毎)

【冬】

『アルスの巨獣』、『ツンデレ悪役令嬢リーゼロッテと実況の遠藤くんと解説の小林さん』、『転生王女と天才令嬢の魔法革命』、『TRIGUN STAMPEDE』、『HIGH CARD』、『冰剣の魔術師が世界を統べる』、『もういっぽん!』

【春】

『アイドルマスター シンデレラガールズ U149』、『異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する ~レベルアップは人生を変えた~』、『彼女が公爵邸に行った理由』、『神無き世界のカミサマ活動』、『事情を知らない転校生がグイグイくる。』、『スキップとローファー』、『転生貴族の異世界冒険録 ~自重を知らない神々の使徒~』、『逃走中 グレートミッション』、『BIRDIE WING -Golf Girls' Story-』、『私の百合はお仕事です!』

【夏】

『英雄教室』、『おでかけ子ザメ』、『好きな子がめがねを忘れた』、『ダークギャザリング』、『七つの魔剣が支配する』、『BanG Dream! It's MyGO!!!!!』、『Helck』、『ホリミヤ -piece-』、『わたしの幸せな結婚』

【秋】

『アンデッドアンラック』、『オーバーテイク!』、『陰の実力者になりたくて! 2nd season』、『川越ボーイズ・シング』、『SHY』、『葬送のフリーレン』、『ティアムーン帝国物語~断頭台から始まる、姫の転生逆転ストーリー~』、『ひきこまり吸血姫の悶々』、『PLUTO』、『柚木さんちの四兄弟。』

【映画】

『グリッドマン ユニバース』、『五等分の花嫁∞』、『ポールプリンセス!!』、『特別編 響け!ユーフォニアム~アンサンブルコンテスト~』、『名探偵コナン 黒鉄の魚影』

 

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なお、アニメーション映画は見逃してしまったものも多く、『ペルリンプスと秘密の森』や『窓ぎわのトットちゃん』、『屋根裏のラジャー』など、現在公開中の映画でベストに入ってきそうな映画もある。

暫定的に、今年もっともおもしろかったアニメ映画は『コナン』であった。どう考えても一番おもしろかったので、『コナン』映画だから、とわけの分からない雑なくくりで考えず、ぜひ見てほしい。『コナン』については記事にも書いた*1

『グリッドマン ユニバース』は、メタフィクションの可能性と限界を感じた点において、とりわけ印象に残った。思うのは、メタフィクションはよほどうまくやらなければ、ダサいエクスキューズにしかならず、基本的にはそんな留保は抜きにしてもフィクションの可能性を信じられるような作品のほうが頼もしいということである(その意味で、たとえば純粋に(?)ファンタジーをやろうとしている作品などには好感が持てる)。

『五等分の花嫁∞』は神アニメ。

 

*

 

「2023年で一番おすすめのアニメは何ですか?」と聞かれれば、私は『PLUTO』と答えるだろう。それはそのような質問形式で聞かれれば、という想定のことで、つまりはひろく、一般に答えるなら、ということである。

www.netflix.com

もちろん、作品の内容自体には議論の余地があろうが、それも価値のある議論であって、加えて、アニメーション作品として、たいへんに見応えがあった。

とりたてて派手な演出などがあるわけではたしかにないけれど、たしかな技術に裏打ちされた作画やよく考えられた構成・処理、曰く言い難い芝居が、「より以上のもの」を生み出しているように思う。

ちなみに、Twitterで「今年一番良かったアニメって何ですか?」と訊かれたら、『柚木さんちの四兄弟。』と答える。

 

 

 

ピックアップ(クール毎)

それはそれとして、個人的におすすめしたい作品を、1クールにつき1つずつ挙げたい。

HIGH CARD

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『賭ケグルイ』の原作者 河本ほむらと検校作家・脚本家の武野光が原作を務めるオリジナルアニメーション。監督は『終末なにしてますか?忙しいですか?救ってもらっていいですか?』の監督 和田純一、アニメーション制作は、最近では『ようこそ実力至上主義の教室へ』を作っている制作チームLerche(ラルケ)を抱えたスタジオ雲雀。

世界中に四散した52枚のトランプ(所持者に能力を授ける)をかけて戦う異能バトルもの。北大西洋の架空の島国が舞台ということになっており、カードの回収を目論む王家とマフィアの対決が描かれる。

とりたてて特異な展開があるわけではないが、初めに仲間を一人一人紹介してゆくような王道のパッケージで非常に見やすい。キャラクター造形もさることながら、見せ場ではフィクションに全幅の信頼を置くような思い切りの良さに妙を感じ、好感を抱いた。

コンパクトなスケールで放映するテレビアニメーションとして、お手本のような作品だと感じたため推したい(言い換えれば、あまりに豪奢なつくりにしようと試みて顛倒してしまうようなアニメーションは、ときに爆発的な出来栄えを見せることがあったとしても、制度的な枠組みで考えれば、個人的には好感が持てない)。

2クール目も2024年の1月から始まるので楽しみにしている。

 

彼女が公爵邸に行った理由

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原作は韓国の小説およびウェブトゥーンで、現世で転落死した主人公が読んでいたファンタジー小説の世界に転生するという、いわゆる転生もの。

以前ツイートで述べたように、背景美術がとても良かった。美術監督・美術設定は、たとえば最近では『ODDTAXI』の美術監督を務めた加藤賢司。

入射光の光る背景(『彼女が公爵邸に言った理由』第1話より)

緻密でありながらどこか滲んだ背景は、一見すると美麗なデジタル描線で描かれたキャラクターとややミスマッチな感じがしそうなものだが、このアニメの場合、むしろ主人公がファンタジー小説に飛び込んだという設定なので、ミスマッチだと感じたとしてもむしろそれでよい演出になっている。それにそもそも、精密な背景はそれ自体を魅せるときにもっとも精密になっており、キャラクターとの調和もよくよく考えられている。

加えて、——これもまたつぶやいたことだが——飛び道具のような演出も繰り出され、アニメーションとして、見ていて飽きない全体に仕上がっていた。

シナリオ面も、主人公が転生したことによって追いやられてしまった、もともとの小説の主人公との対峙が予感され、そのような転生ものの倫理を全面的に引き受けるような率直さに好感が持てた。その意味でぜひ続きも見てみたい。

総体として、アニメーション的調和を感じられた逸品だった。

 

七つの魔剣が支配する

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音が良かった。音響監督は言わずと知れた岩浪監督、音楽は夢見クジラが担当。

夢見クジラは「イギリス風のクラシックを好んで書」いていたらしいが*2、本作もクラシカルな音楽が印象的だった。

加えて、戦闘や対話のタイミングと劇伴のタイミングがほぼすべてにおいて計算されたつくりになっており、音楽を丁寧にデザインするとここまで心地よく見られるのだなと感じた。

戦闘シーンも見ごたえがあり、アクション作画ではおそらく橋本敬史が大きく手を加えている(Twitterでつぶやいたさい、ご本人からリプライが飛んできて恐縮した)。

世界観はだいたいハリーポッターだが、もろもろのアップデートを感じた。身体の性が実際に反転する特異体質「リバーシ」が登場した第7話は個人的に印象に残った。

 

柚木さんちの四兄弟。

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『クレヨンしんちゃん』を大ヒットさせた(という紹介がもはや古すぎるくらいの)大ベテラン・本郷みつる監督作品。同じく本郷が監督を務めた『本好きの下剋上』で副監督を務めていた川崎芳樹とだいたい交互で絵コンテ・演出がなされている(実質的には協同?)。

もっとも印象的だったカットの話はTwitterでしたのでそちらを参照されたい。

加えて、以下のような演出もあることは付言しておく。

ここでは、思い切って最終回の話をしておきたい(なぜなら最後まで見てほしいから。そして最終回のネタバレをしたとて、それに劣る映像体験ではけっしてないと信じているから)。

まずもって、最終回に両親の墓参りに行く話をもってくるということそれ自体が、このアニメの構成がどれだけ優れているかを物語っているように思う。並みのアニメだったら、なんか中途半端に中盤にやって、視聴者の気を惹くサスペンスにしてしまっていたことだろう。

加えて、強烈に作用するのはやはり、実写が挟まれるカットである。

窓を見やる岳と視線の先に映る風景(『柚木さんちの四兄弟。』第12話より)

両親の月命日、バスに乗った四兄弟の表情が連続したショットで映された最後に、この話の語り手である岳にスポットが当たり、窓の〈外〉へと視線が誘導される。

直後、突如として映し出されるのは、まったき現実の〈風景〉であり、つまるところそれは、両親が二度と帰ってこないのだというありのままの事実を想う月命日の、「日常」から切断された、否応なしの生の〈現実〉である。

このこと、どうしようもなく突き付けられる〈現実〉を示すことを、しかし雨露に濡れ、不透明になった窓越しに示すことで、こころの翳りや曇り、ほんとうには見たくはないという情動を一心に詰め込んだ実写のショットで現すこの演出は、見事と言うほかない。

さらにはこの後、岳はある幻視をするのだが——。そのアニメーション的〈解体〉については、ぜひ自分の眼でたしかめてもらいたい。

たぐいまれな、心から感動する演出を見ることができた素晴らしいアニメーションだった。

 

 

 

 

話数単位

おまけとして、もしも私が話数単位で10本選ぶとしたら、以下のようなラインナップになるだろう。

(※選評コメントを書く余力がないので、企画には参加しません。)

・『HIGH CARD』第4話「SAMURAI GIRL」(絵コンテ:佐々木萌、演出:野亦則行)

・『異世界でチート能力を手にした俺は、現実世界をも無双する ~レベルアップは人生を変えた~』第9話「王女と暗殺者」(絵コンテ・演出:田辺 慎吾)

・『彼女が公爵邸に行った理由』第1話「彼女が取引した理由」(絵コンテ・演出:山元隼一)

・『神無き世界のカミサマ活動』第4話「カケマクモカシコキ ミタマノオホミカミ ウツシヨヲシメシタマヒ ハジメモナクヲハリモナク テンノシチヨウクヨウニジュウハッシュクヲキヨメ チノサンジュウロクジンヲキヨメタマヘト アメツチノ ミタマノミコト キコシメセト カシコミカシコミマヲス」(絵コンテ:末田宜史+稲葉友紀、演出:基仁志)

・『スキップとローファー』第9話「トロトロ ルンルン」(画コンテ・演出:本間 修)

・『七つの魔剣が配する』第6話「顕現(アライズ)」(絵コンテ:増田敏彦、演出:海宝興蔵、アクション作監:橋本敬史)

・『Helck』第18話「笑顔」(絵コンテ:佐藤竜雄、演出:外山草)

・『天国大魔境』第10話「壁の町」(絵コンテ・演出:五十嵐海)

・『川越ボーイズ・シング』第9話「いつかのアイムソーリー」(絵コンテ・演出:武内宣之)

・『柚木さんちの四兄弟。』第6話「宇多、恋の行方」(絵コンテ・演出:川崎芳樹)

上で述べてなかったアニメについて端的に言うなら、『いせれべ』の第9話は飛び跳ねるルナがアニメーションを超えた軽やかさを備え、『カミカツ』第4話の居直りコンバイン作画(作画ではない)はもはや伝説であり、『Helck』第18話は誤解を恐れずに言えばこの話のためだけにでも見る価値のある一幕であり、『川越ボーイズ・シング』はアニメーションのすべてだった(『スキロー』第9話と『天国大魔境』第10話については以前ブログで短評を記した→2023年春アニメ感想 - 野の百合、空の鳥)。

 

総評

けっしてたくさん見られたわけではないということが、アニメーションのいまを物語っている。

すべてには手が回らない、という網羅性が効かないときに、飛び道具に頼りたくなるのが人の性というものだ。

このとき立ち止まって、基礎に帰ること、派手な手管や耳目を集めるやり方以前に、心躍るものがあったということを、私自身、肝に銘じたい。

 

 

2023年おもしろかったマンガ」へつづく…… ↓

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昨年のふりかえりは ↓

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