野の百合、空の鳥

アニメ・漫画・文学を「読む」

2023年おもしろかったマンガ——2023年をふりかえって②

【アニメ編はこちら】

www.zaikakotoo.com

 

マンガ

総じて、今年はあまりマンガを読めなかった。

ジャンプやコミックデイズもっとプレミアム(講談社系のマンガ雑誌がだいたい全部読める)、ビックコミックスペリオールなどは購読していたのだけれど(昨年購読していたコミックビームは、単行本というパッケージのほうがよいと判断した)、すべてを読めたわけではないし、そもそもあまりマンガを読む時間をとれなかった。

と言っても、たとえば今年も『このマンガがすごい!2024』のオトコ編&オンナ編10位以内はすべて読んでいたので、それなりに「流行」は抑えていたと思う。

以下、昨年同様に、便宜的に系列分けして面白かった(興味深かった)マンガを挙げたい。

※以下に挙げるマンガは必ずしも2023年の新作とはかぎらない。2023年に単行本が発売した/発表されたすべてのマンガを対象にし、なるべく2023年に発売しなかったマンガの話はしないようにしたつもりだが、もしかしたら抜けているかもしれない。その点はご容赦願いたい。

 

読み切り

読み切りマンガについてはTwitterにまとめたのでそちらを参照されたい。

そこにも記した通り、今年のメルクマールになる、つまり2023年という年の指標、基準点となるなと思ったのは、岡田索雲「アンチマン」、udn「わたしひとりの部屋」、鳥トマト「東京最低最悪最高!」の三作品だ。そう思った理由は、各作品を読んでもらえれば十二分に理解してもらえると思う。三作品がちょうどバランスよく、2023年の問題系を表象している。

bigcomics.jp

そういうのでなく、お前の好みを教えろ!と言われたら、たぶん小園江ナツキ「殺陣ロール」とか横谷加奈子「遠い日の陽」とかを挙げるだろう。要するに、自分はフォルマリストであり、性の揺らぎに囚われているということだ。

comic-days.com

他に挙げた作品もみんなさまざまな観点から読み応えがあり、なぜ世界にこれほどにマンガを描ける人がいるのかよく分からなくなった。

さらには、ここに挙げたものというのはほんとうに一部で、コミティアなどでは、さらにもっとたくさんの知らないマンガが存在する。そこまで熱心に紹介できる力は私にはないので、気になる方はぜひ直接コミティアに参加してほしい。

あるいはコミティアの本を紹介している方を探してほしい。たとえば、マンガ研究者の陰山さんは、ブログでコミティアの本を紹介されている。ほんとうにすごい。

ryokageyama.com

 

ジャンプ系

週刊少年ジャンプ

昨年以前より連載している週間連載作品では『SAKAMOTO DAYS』や『あかね噺』、『暗号学園のいろは』などを愉しく読んでいる。

残念ながら打ち切られてしまった作品では、『ギンカとリューナ』や『人造人間100』、『ドリトライ』、『アイスヘッドギル』などを愉しく読んだ。『ドリトライ』は、単行本を買った。ネットでこすられている以上におもしろいマンガだったと思う(し、単行本を買えば分かるように、筆者も自覚的にそれを乗り越えてギャグに昇華している)。


ドリトライ 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

連載中の作品では、『鵺の陰陽師』や『アスミカケル』、『魔々勇々』、『カグラバチ』をとりわけ応援している。『カグラバチ』は人気が凄まじく、まちがいなく今後話題にされるような作品になるだろうが、実のところ、マンガとしての面白みも多分にある(たとえば以下にツイートしたように)。

 

ジャンプ+

ジャンプ+は、率直に言って、新しい作品にそこまでのめりこめなかったのだが、あいかわらず『ゴダイゴダイゴ』や『放課後ひみつクラブ』、『2.5次元の誘惑』などを読みつつ、たとえば『クソ女に幸あれ』などの動向を見守っている。

もっとも好みだったのは『対世界用魔法少女つばめ』だ。『PPPPPP』のマポロ3号の新作で、あいかわらず、奇想天外な画面づくりをしているのでとても好みだ。こういう絵作りを見れると元気が出る。

shonenjumpplus.com

 

その他

話題になったし、自分も熱心に追っていたのは『ダイヤモンドの功罪』だ。というのは単純に、スポーツと才能というテーマ系が好きだし(たとえば『はねバド!』は今年ももう何度も読み返している)、キャラクター造型に魅力を感じたからだ。

(ところで男の子があまりにもエロすぎる、という視座が、自分にはもたらされることが多いのだが、人によってはそれを感じず、あるいはもちろん、言うことは控えるべきということになっているのかもしれないが、しかし周りがこの視座にあまりにも鈍感なことがあり、良くないと思うので、言った方がいいのか?と考えつつある。)

今の時点で自分から言うべきことはないので、平井先生のほかの読み切りを読んでほしいと付言しておく。

 

講談社系

週刊少年マガジン

コミックデイズのサブスクで読める週刊雑誌はもはや『マガジン』と『ヤンマガ』、そして『モーニング』のみとなったが、結局、週単位で読んでしまうのは、『カッコウの許嫁』や『甘神さんちの縁結び』、『女神のカフェテラス』といったラブコメや『ハンチョウ』や『みょーちゃん先生』といった単話構成のマンガだった(それはそれとして、たとえば2024年1号の『カッコウの許嫁』のかつ丼作画に感動することなどがあるので、網羅的に読むのを辞められない)。

だからたとえば、『ガチアクタ』などはおもしろいのだが、どちらかと言えば単行本で、通しで読んだほうが、より楽しく読めるなと感じた。

『マガジン』では、最近は『真夜中ハートチューン』や『もののけの乱』を愉しみにしている。


真夜中ハートチューン(1) (週刊少年マガジンコミックス)


もののけの乱(1) (週刊少年マガジンコミックス)

『真夜中ハートチューン』は、明らかに昨今のASMRの流行を、〈音〉のないはずのマンガに、しかしうまく取り入れた作品で、主人公が昔聴いた〈声〉の主を、似た〈声〉をもつヒロインのなかから探し当てようとするミステリ仕立てになっている(個人的には『この中に1人、妹がいる!』のことを思い出す)。

『もののけの乱』は、忍者×陰陽師という、伝統的な要素を掛け合わせた一種のバディもの。はっきりとしたタッチの作画が、マンガそのものの端正さをしかし際立てている。見ての通りのキャラデザの妙も、大いにある。

 

ヤングマガジン

『ヤンマガ』は、もはやなぜR18ではないのか、というような様相を(実のところかなり前から)呈しているが、それならそれで、割り切っている『サタノファニ』や『パラレルパラダイス』のほうが、そういうものとして読むことができる(『サタノファニ』が休載してしまっているのは惜しくすらある)。


みょーちゃん先生はかく語りき(1) (ヤングマガジンコミックス)

『みょーちゃん先生はかく語りき』の作画が妙に良く参っている(旦那との情事がふつうにあることになっているのは良いが、率直なはずだが装われたポルノ描写には個人的には辟易する)。

あるいは朝賀庵の作画が好きなので『聖くんは清く行きたい』を応援している。

『ハンチョウ』はずっとおもしろく、先週は「めっちゃサンタっぽい 多重債務者……………!」が出てきてダメだった。

『だれでも抱けるキミが好き』はたしかに、こういう紙面ではかつてなかったように感じられることをずっとやり続けている。個人的に辛くないと言えば噓になるが、この辛さが多くの読者の切実さと表裏一体なのだろうと察せられ、根深い問題を毎週痛感する次第である。

 

アフタヌーン

ほかの講談社系ではあいかわらず『アフタヌーン』と『なかよし』のファンだ。

『アフタヌーン』では、『スキップとローファー』や『宝石の国』、『ブルーピリオド』、『ワンダンス』といったビッグタイトルがずっとおもしろい。


ブルーピリオド(13) (アフタヌーンコミックス)

わけても『ブルーピリオド』はテーマに適った追究をずっと続けており、ノーマークス編では、大学権威と在野のアーティスト・コレクティブを対比的に描くことで、「藝大」を舞台にすることへの自己批判を加えていたし(『美術手帖』2020年12月号「絵画のみかた」特集の座談会で、そのことはすでに突っ込まれていたと記憶している(下記ツイート参照))、広島編では、身近な人や現実に起こった事件をアートに昇華することの是非、当事者性の問題が問われていた。

『ワンダンス』も、マンガ表現の更新がつねに試みられており、加えて「吃音」という主人公の設定も、ずっと問われ続けていることが頼もしい。

 

なかよし

『なかよし』がおもしろいことは去年も言ったのでもう必要以上に言うことはないけれど、『ぽんのみち』がほかならぬ『なかよし』で連載を始め、『カードキャプターさくら クリアカード編』が完結したことは、『なかよし』史におけるエポックメイキングな出来事だったと言えるかもしれない。

『千紘くんは、あたし中毒。』、『新婚だけど片想い』、『ギフテッド』、『香る私にキスをして。』、『魔女メイドは女王の秘密を知っている。』などを引き続き愉しく読んでいることを付記しておく。


魔女メイドは女王の秘密を知っている。(1) 【電子限定】描きおろし特典つき (異世界ヒロインファンタジー)

 

その他

「その他」の括りが大きすぎるが、これが今年の布置になってしまうし、キリがないことが分かってきたので、ひとまずおもしろかったタイトルを挙げてみる。

 

トーチweb

『はにま通信』、『生活保護特区を出よ。』、『飛行文学』、『龍子 RYUKO』、『神田ごくら町職人ばなし』、『うみべのストーブ』、『戦場のひと』、『彼岸花』、『緑の予感たち』、『半分姉弟』、『地層の女』、『マオニ』……とトーチ作品をまずは挙げようとしたが、トーチは全部いいので、トーチweb(https://to-ti.in/)をブックマークしてほしい。

to-ti.in

とくに愉しみにしていたのは『緑の予感たち』で、要するにこれは、世界の生成に立ち会うマンガであるわけだが、そのような「成ること」のあいまに、たとえば2話の、誌面に切れ込みが入ってそれがそのまま次元の裂け目となるようなマンガ表現(下記画像参照)が繰り出されるさまが、実に痛快である。

物語を「切り裂く」(千葉ミドリ『緑の予感たち』「その2 未来の星の下」より)

翻ってこれは、世界に切れ込みを入れるということでもあり、「暖簾に腕押し」したとしても、世界を変えるような蝶の羽ばたきとなりうる奇跡を教えてくれているのである。

つまりそれは、動かないはずのマンガがそれでも「動いてしまう」という事態であり(cf. 鈴木雅雄「瞬間は存在しない」『マンガを「見る」という体験――フレーム、キャラクター、モダン・アート』水声社、2014年)、「時間」がそこに現出するという、フィクションの可能性の剔抉なのだ。

 

コミックビーム

『SPUNK スパンク!』、『オール・ザ・マーブルズ!』、『EVOL』、『雨がしないこと』といった『ビームコミックス』の単行本が出ている作品はすでに愉しく読みつつ、『緑の歌』の高妍の新作や鳥トマトのおそらくポレミックな作品『幻滅カメラ』の単行本化を待っている。


オール・ザ・マーブルズ! 1 (ビームコミックス)

『オール・ザ・マーブルズ!』は、「女子野球」を描いた作品で、元は東京五輪に併せてつくられていたので、当然ながら変更を被ることとなり、いまのかたちになった。伊図透の描くマンガ、とりわけキャラクターの身体が好きなので、おもしろくないわけがない。

昨年は伊図透の短編集『分光器』をおすすめしたが、たとえば一刷なら『犬釘を撃て!』もすすめたいし、なにより、『銃座のウルナ』を読んでほしい。率直に言って、最初の数巻は、話の側面で慎重さを感じてしまうかもしれないが、終盤をぜひ味わってほしい。


銃座のウルナ 1 (ビームコミックス)

 

スペリオール

今年は『スペリオール』が全部おもしろい説を唱えており、『アタックシンドローム類』や『劇光仮面』、『スーパーボールガールズ』、『太陽と月の鋼』、『血の轍』『毒白』、『トリリオンゲーム』、『這い寄るな金星』、『フールナイト』、『MUJINA INTO THE DEEP』、『らーめん再遊記』、『RoOT / ルート オブ オッドタクシー』などに注目していた。


血の轍(17) (ビッグコミックス)

『血の轍』は、言わずと知れた押見修造作品であるが、押見のスタイルが極まった作品だったことは特記すべきだろう。おそらく、多くの人が『血の轍』の序盤を読んでハイハイいつもの押見ね、などと言って読むのをやめてしまったと推察されるが、終盤にこそ真骨頂があり、物語上においても、その外部においてさえも、〈母〉を「看取る」展開に発展し、マンガそのものが看取られてゆくような描写には目を見張るものがあった。


毒白-ドクハク-(1) (ビッグコミックス)

『毒白 -ドクハク- 』は、かつて『放浪息子』を読んで二度と読めなくなってしまった自分に差した二度目の光だった。要するに、その告白は完全に私に宛てられたものであり、その毒が充満したなかに、いまもいる。ずっと続きを待っている。

 

成人向けコンテンツ

今年もkomiflo(『快楽天』や『BAVEL』、『HOTMILK』等の成人向け雑誌が読める) は購読しており、たとえば高柳カツヤ『かたつむり』、ニコライの嫁『来るもの拒まず』、岩見やそや『死にたGIRL』などがマンガ的におもしろかった。

ほかには、話題になった『出会って4光年で合体』をはじめとする太ったおばさん作品や、7×2(七神マナ)先生が大好きなため(「なければ良かった」『快楽天ビースト』2021年11月号所収は個人的に傑作)毎号欠かさずチェックしている『キスハグ』作品を愉しく読んだ。とりわけ『キスハグ』vol.3のエチピク『愛は痛み止めに似て』がお気に入りだった。

www.cmoa.jp

また、個人的な性向ゆえに、好みがどうしても「女性向け」とされる作品や「女性作家」の作品に偏ってしまうため、今年は「DLsiteがるまに」の作品を比較的多く購入した。『仕事ができない榊君は夜だけ有能』(これは去年発売だが)や『崩壊モラリティ~変態的露出衣装の異世界転生だけど執事への恋を貫きます~』や『死にゲーに転生したマフィア嬢は偏愛スパイに手籠めにされる』、『お望みでしたら催眠を ~槇さん秘密の恋愛セラピー~』など、ストレートに人気な作品をおもしろく読んだ。「がるまに」作品はだいたい男の子がエロく、話が凝っていることが多いため、読み甲斐がある。

www.dlsite.com

商業BLは今年はあまりたくさんは読めなかった。『ララの結婚』、『ハッピークソライフ』、『ハッピー・オブ・ジ・エンド』、『夜明けの唄』、『ナカまであいして』、『幼馴染じゃ我慢できない』、『神様なんか信じない僕らのエデン』、『純情でなにが悪い』等のシリーズのつづきを愉しみつつ、『40までにしたい10のこと』や『ホワイトライアー』、『こたえてマイ・ドリフター』、『PUNKS△TRIANGLE』、『着飾るヒナはまだ恋を知らない』、『ヒズ・リトル・アンバー』、『ロングピリオド』といった新しい作品に刺激を受けた。とりわけ『40までにしたい10のこと』のキスシーンは印象深かった(ありていに言えば、ド級のえっち、ドえっちだった)。

 

さらにその他

キリがない感じになってきたので、以下、今年読んでおもしろかったマンガをある程度羅列し、そのあと今年のベストを発表する(上記の区分と被ってしまっているものもあるがご容赦願いたい)。

『白山と三田さん』、『スイカ』、『花四段といっしょ』、『アフターゴッド』、『ブランクスペース』、『ひらやすみ』、『これ描いて死ね』、『クジマ歌えば家ほろろ』、『最果てに惑う』、『The JOJOLands』、『国家心中』、『スーパースターを唄って』、『スルーロマンス』、『地元最高』、『クジャクのダンス誰が見た』、『路傍のフジイ』、『東京ヒゴロ』、『あおのたつき』、『特別支援系地下アイドルユニット ハッピー障害児ガールズ』、『出会って4光年で合体』、『BLACK BLOOD』、『極楽街』、『サバキスタン』、『私が15歳ではなくなっても。』、『つれないほど青くて あざといくらいに赤い』、『みちかとまり』、『ぜんぶ壊して地獄で愛して』、『雷雷雷』、『住みにごり』、『この恋を星には願わない』、『小春と湊 わたしのパートナーは女の子』、『アサシン&シンデレラ』、『ゆうやけトリップ』、『生まれ変わるなら犬がいい』、『ウスズミの果て』、『フツーと化け物』、『クロシオカレント』、『股間無双~嫌われ勇者は魔族に愛される~』、『キミと越えて恋になる』、『このゴミをなんとよぶ』、『春あかね高校定時制夜間部』、『平和の国の島崎へ』、『いつか死ぬなら絵を売ってから』、『君と宇宙を歩くために』、『令和のダラさん』、『ふきよせレジデンス』、『ゴクシンカ』、『龍とカメレオン』、『瓜を破る』、『スクールバッグ』、『レッドブルー』、『オタク女子が、4人で暮らしてみたら。』、『発達障害な私たち』、『ブレス』、『山田家の女』、『やがて明日に至る蝉』、『棕櫚の木の下で』、『君の戦争、僕の蛇』、『ややこしい蜜柑たち』、『環と周』、『うるわしの宵の月』、『潮が舞い子が舞い』、『堕天作戦』、『じゃあ、あんたが作ってみろよ』……

キリがないのでこのへんで……。次に2023年読んだマンガの個人的ベストを発表する。

 

ベスト

付き合ってあげてもいいかな


付き合ってあげてもいいかな(10) (裏サンデー女子部)

『つきかな』については何度か宣伝したし、まわりの人にはずっと『つきかな』のことしか話さないフェーズがあり、要するに『つきかな』のことしか考えていなかった時期があった。

内容は、女性同士の恋愛を主軸に、人間同士のリアルな関係性を描いた恋愛マンガである。「百合」という言葉は作者の意向でつかわれておらず、それについて作者は「あくまで恋愛ものの1つとして読んでもらいたい」としている*1

この「リアル」路線の追求がとても良く、本作は実のところ2018年から連載しているから2023年の新作というわけではまったくないのだが(もちろん連載は続いているし、2023年にも新刊が発売されてはいる)、とりわけ今年にその「リアル」が際立った展開がつづいたので、今年のベストに加えた。

 

*

 

ネタバレを恐れず言ってしまえば、本作は主人公のみわと冴子の二人が別れてからが本番みたいなところがある(もちろんそれまでも十二分におもしろいのだが)。

一組のパートナー同士が「結ばれる」までが作品だということ、つまりある種の「ゴール」を〈宙吊り〉にして作品を引っ張るということは、近年のラブコメにいたってはもはや常識でもなんでもないと思うが*2、本作はそもそもそういったテンプレ的なラブコメの枠組みにまったく囚われず、「リアル」に突き進む。

「リアル」というのは、必ずしも現実でも起こりそうということを意味するわけでなく、あくまでも「現実味」を帯びているということにすぎない。この「現実味」の「手ざわり」を体感できるのが『付き合ってあげてもいいかな』というマンガだと思う。

すなわち、『つきかな』を読むとき、実のところわれわれは、登場人物と共に苦悩しているのであり、もっと言えばその人そのものに成っているのであり、つまるところやっと人間というものを生きられるようになる。

この「リアル」さが包摂するのはだから、単に「恋愛」至上主義なわけではまったくなくて、むしろ「恋愛」をしない、ないし、それに共感しないというキャラクターも出てくる。

個人的に勇気づけられたのは、「性欲」に否応なく影響される人間関係が描かれたということだ。それは個人による性欲の有無とか、そういう話ではなくて、「性欲」というものそのもの、「性欲」それ自体がありありと描かれたことが頼もしいと思うのだ。

言い方を変えればそれは、「性欲」が世界に無いということにされるほうが極めて不自然だということだ(たとえば性的アピールに過剰になるくせにセックスを描かないライトノベル作品のように)。「性欲」が個人的にある人も、ない人も、どっちもいるということが「リアル」なはずで、だからこそ人は苦悩するはずなのだ。セックスがまったくない世界ではないから、人は苦心しているのだ。

 

*

 

また、巻を追うごとに、マンガ表現(作画やそれに伴う演出)が極まってきているのもたいへん好ましい。

たとえば104話では、「彼女が昂れば昂るほど、心の奥は冷ややかになっていく」という独白に併せて、カフェで登場人物たちが飲む氷の入った水とホットカフェラテが対比的に描写される(次巻12巻所収予定)。この対比がうまく、またほかの描写も優れていたので、2023年の単話ではこの話が深く印象に残っている。

また、キャラクターの眉毛や輪郭の描線などのディティールの変化は、まるで山田尚子監督作品『彼が奏でるふたりの調べ』におけるキャラクターの眉毛の芝居などのようなキャラクターコントロールの在りようだ。

主人公たちの大学入学から始まったストーリーは就活等の節目を迎えているが、できることなら、この後も長く描いてほしい。今後も本当に愉しみなマンガだ。

 

夏、ユートピアノ


夏・ユートピアノ (&Sofaコミックス)

ピアノの調律師と目の不自由なピアニストを描いた作品「夏・ユートピアノ」と、宝塚受験を描いた作品「あさがくる」の二編を収めた ほそやゆきの の単行本。「あさがくる」は2021年春の四季大賞受賞作で、話題にもなったので記憶に残っている人も少なくないだろう。

二作とも、短編というよりは中編と言うべき長さで、非常にコントロールの難しい枠組みにもかかわらず、物語のテーマ系もキャラクター造形も、見事と言うほかない出来になっている。

何よりリズムが好きだ。どうやら自分は、カメラを固定し、同じ構図でもって連続する何コマかの差異を強調するショット——たとえばドレフュス事件におけるカラン・ダッシュの有名な風刺画*3のような——が好きらしい。というのは藤本タツキもそれを連発するので気づいたのだが、ほそやもこれを多用する。

連続する横顔(ほそやゆきの「夏・ユートピアノ」講談社、2023年、25頁)

たとえばこのショット。

レッスンに身が入らず、母(画面左下)から「コンクールは無しにしましょう」と言われた響子が思い悩むシーン。

指導者目線の俯瞰ショットでこちらを向いていた響子が眼差しを逸らし、そのまま横を向いて、横顔のショットが連続する。明らかになるのは、一晩中考え込み、しかし朝になると元の疑問に立ち返るその「循環」のさま。それがちょうど、考え始めたコマの真下に来ており、母と向き直ったときに訪れるという構図になっているのが見事。少し前のページで、「ピアノの中の全ての動きは円運動でできている」(強調筆者)と、この「循環」があたかも予告されたかのように回想が始まっているのも、うますぎる(その前の頁でもさりげなく差し挟まれたプリントに数学の「円」に関する事項が描かれており、「円運動」のモチーフが反復される)。

響子はなぜ、一巡して、母に向き合ったときに元の疑問が分からなくなってしまうのか。もちろんそれは、それが答えだからである。つまり「間違い」など初めからなくて、目の前の当の〈母〉こそがピアノを弾き、そしてピアノを弾かない理由になるすべてだったからである。だから抑圧する〈母〉がいなくなれば響子はピアノを弾けなくなる……。

もちろん、惑星が隕石によって軌道を変えるように、人もまた別の〈他者〉によって、その道程を変えるということがあるわけだが──

単行本、というパッケージなら、2023年で間違いなく一番だった。

 

フラッシュポイント

booth.pm

現代美術家・映像クリエイター・漫画家 今井新の自費出版(?)本。

「2022年」というのがポイントで、無職の主人公・イマイくんとその義理の妹・マシロちゃんの「日常」を描く。話については何も言えないので、まずはboothで大量に公開されている(60頁以上ある)sampleを見てほしい。

もちろん物語ばかりが優れているというわけではけっしてなく、まるで描線ツールで描いたようなデジタルで均質な線やコントラストのはっきりした背景も絶妙だ。

まちがいなく2023年だからあり得た作品だったと思う。

 

雨がしないこと


雨がしないこと 上 (ビームコミックス)

雨がしないこと、それは「恋」である。

『雨がしないこと』は、三十歳になるOL・花山雨を主軸に据えた——といっても必ずしも雨視点で話が進むわけではない——、オムニバス形式の物語集。

「恋」をしないとはどういうことか。雨は周囲から「超マイペースの不思議な人」と思われており、あるいは「男女でいると恋人同士と思われたり」、だのに「髪の毛が短いってだけで男性だと思われたり」する……。

そんな雨は、恋も結婚も、「私は/どっちもしないよ/たぶんね」と言う。よく言われるように、「しない」というのは「できない」というのではない。でも「しない」こととできない」こととの距離感がつかめないこともある。それでも、雨はどっちも「しない」と言うのだ。

それでもって「たぶんね」と留保をつけるこの雨の正確さ、ニュートラルさがこのマンガを貫いている。並みのマンガでは、なにかこう、喧嘩両成敗、みたいに、読者感情をうまく汲み取ってサービスしてしまうような展開も、このマンガにはない。とことん「雨がしないこと」を貫いている。

だから「私」は、やっぱりこのマンガについて、「なにも知らない」。

 

インターネットラヴ


インターネット・ラヴ!【電子限定特典付】 (onBLUE comics)

SNS中毒の韓国人・ウノくんと、ウノくんを5年間ネトストしている主人公・天馬の繰り広げる「ネトスト純愛BL」。

言わずと知れた売野機子の初BLレーベル作品。他作品と比較するのは野暮なことだと承知なうえで、それでもやはり、岡崎京子のことを思い出さずにはいられない(し、実際オマージュがあるように思われる)。

SNS要素であったり、「ネトスト」であったり、機械翻訳を使った会話だったり、なんとも今風なガジェットに、どこか懐かしい荒々しさや生々しさを残しつつ、その実端正な描線や影ツケ、書き文字がマッチして、ここにしかない味を出している。

とくに絶妙にはみ出したり、足りなかったりする大きさ貼られたトーンは、やっぱり、どこか懐かしさを覚えないわけにはいかない(とりわけ岡崎京子のトーン貼りが天性の施すそれだったことを想う)。そのズレの絶妙さが、しかし端正にコントロールされているさまが、新しさではあると思う。

それを含め、純真さが貫かれた一作だった。

 

ふつつかな悪女ではございますが


ふつつかな悪女ではございますが ~雛宮蝶鼠とりかえ伝~: 1【電子限定描き下ろしマンガ付き】 (ZERO-SUMコミックス)

単純にハマった。

原作は2020年から2021年まで「小説家になろう」に連載されていたweb小説で、書籍版はシリーズ累計200万部を突破している人気作である。

なろう系と言われて想像するような異世界転生ものではまったくなく、副題から察せられる通り、いわゆる後宮ものであり、かつ、「とりかえ」もの(入れ替わりもの)である。具体的には主人公の玲琳が「悪女」とされる慧月と入れ替わる。

上記の通り、ヒットしている原作があるので、物語は安定しておもしろいのだが、作画も見事。この手の作品で、装飾が簡素になっていったり、背景がわびしくなっていったり、画面に工夫が配されなくなったりすることは容易に想定されるが、本作はまったくそんなことはない。

と言いつつ、やはり物語の話をしてしまうと、「とりかえ」ものというのはラブコメと同じで、「とりかえ」がバレるかバレないかギリギリのところを攻める〈宙吊り〉でなんとか引っ張ってしまおうとするものだが、本作は、いや、バレる人にはバレるだろ、という姿勢を率直にとっているところが良い。もちろん〈宙吊り〉がないわけではなく、むしろそれを段階的にやるのがとてもうまい。

エンターテインメントとして、一番なんの気なしに気軽に楽しめたのは本作だった。

 

違国日記


違国日記(1) (FEEL COMICS swing)

これもまた2023年の作品というわけではないが、今年完結した作品としては一番こころに残っている。

ただ率直に言って、私は最後の最後を見て、とても怒りが湧いた。というのは、私はそれを「知っていた」からだ。そういうオチになることは「知っていた」、それだからこそ、その続きを知りたくて、私は生きているわけで……、だから私は怒った。

だがすぐに気がつくのは、ほかならぬこのマンガが、マンガという媒体をもって、マンガという旅路で、マンガという航路で、そこに辿り着いたということだ。その点において、圧倒的にこの「マンガ」は優れていて、その交差点、その三叉路でまた、そのオチと出会えたことは、それこそ奇跡のようなものだ。

そのオチのことを記したくて、だからこうして書いている。

 

僕の好きな人が好きな人


ぼくの好きな人が好きな人 1 (ヤングアニマルコミックス)

実はそうとは気づかずに読んだのだが、原作は『生徒会の一存』シリーズや『ゲーマーズ!』で知られる葵せきな。めっちゃラブコメ。

めっちゃラブコメで、かつ、その「めっちゃ」具合が作画の密度と絶妙にマッチしており、すごく素敵。ダイナミックでパワフルで、なにより、密度が高い。

なにより気に入ったのは「一巻」としてのパッケージングの良さだ。オチまで含め完成されている。もうタイトルがタイトルすぎて、このタイトルにしたらこうなるだろうということにしかならないのだが、それがラブコメというものだろう。

ラブコメすぎるかもしれない。

 

難しいほうのサイトーくん


難しいほうのサ
イトーくん(1)【電子限定特典ペーパー付き】 (RYU COMICS)

タイトルが秀逸。

難しいほうのサイトーくんがいれば、当然、簡単なほうのサイトーくんもいる。斎藤と斉藤である。

こういう枠組みができたら、もう勝ちみたいなところがある。キャラクター造形から導かれる対比や展開、描き文字やコマの形といったマンガ技法が絶え間なく作品を彩っている。

マンガってこれだ。

 

佐々田は友達


佐々田は友達 1 (文春e-book)

正直な話、まったくノーマークで、実際、聡明な方から教えてもらって初めて知ったのだが、「文春オンライン」で連載しているという稀有なマンガ。

「カナヘビとカマキリが大好きで、自分自身の形がまだはっきりしない」佐々田絵美(表紙の人物)と「人生はパーティーチャンスの連続で、楽しむことが大好き」な佐々田のクラスメイト・高橋優希の紡ぐ、曰く言い難い距離感を保った物語。

めちゃくちゃいい。かつて「教室」が「世界」だったとき、たしかにこういうことがあり得たと思うし、実際には「世界」はほんとうには「教室」だと思うことが、最近増えた。「世界」が「インターネット」になっては、絶対にいけない。

2023年で、一つだけおすすめのマンガありますか?と人に聞かれたら、たぶんこれだと答える。

 

ピックアップ

今年のベストは以上だが、以下、筆者が個人的におすすめしたいマンガ、ないしは、どうしても思い入れがつよいマンガをピックアップ作品として紹介したい。

 

レ・セルバン


レ・セルバン(1) (裏少年サンデーコミックス)

『はねバド!』の連載が終わってから、毎年のように濱田浩輔の行方を気にしてつぶやいていたが、ようやく、単行本に結実した。それもなんと、連載から大幅な(印象としてはほぼ丸々の)加筆を加えて……!

『レ・セルバン』が、それほど大がかりのことをしているのは、読んでもらえれば分かると思う。何なら、あろうことか主人公の視点が娘視点から父親視点に変わっていて、作品としてはまったく別物になったと言っても過言ではない。

あえて言えば、ダーク・ファンタジーの王道を行くような本作は、『ベルセルク』を思わせるし、それを超えようという気概すら感じる。『はねバド!』の極まったスポーツ作画に魅せられた自分でも、まさかこれほどまでの怪物や世界観の緻密な造形が見られるとは思っていなかった。

この試みがどこまで行くのか、本当に先が楽しみだ。

 

新本格魔法少女りすか


新本格魔法少女りすか(1) (マガジンポケットコミックス)

個人的に、西尾維新に青春時代を破壊された身の上として、このマンガを逃す手はないのだが、マンガ版『りすか』めっちゃ良いですよ!と言っても、ぜんぜん誰も読んでくれないのでここでもおすすめしたい。

と言うと、西尾維新だから良い、と響くかもしれないが、それだけではなくて、絵本奈央作画もめちゃくちゃ良いのだ。絵本奈央は、『荒ぶる季節の乙女どもよ。』(原作:岡田麿里)や『それでも僕は君が好き』(原作:徐誉庭)、『ジョゼと虎と魚たち』(原作:田辺聖子)のコミカライズを担当してきたことで知られている。これらの作品を知っていれば、その良さがうかがえるだろう。

本当は美麗なりすかのイメージをバシバシ紹介したいところだが、そうはいかないのでまずは無料で公開されている1話を読んでほしい。

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ついでに私のお気に入りシーンに言及するとすれば、それは3巻、ツナギの登場シーンだ。

身体中に512の口がある——もうこの設定だけで西尾維新っぽい——ツナギの登場シーンを、こんなふうにマンガ的に盛り立てることができるのかと、心底感動した。

そのシーンは言ってみれば、アニメの「画面分割」に相当する。シャフトアニメから逆輸入したかのようなカット割りで想像されるその「画面分割」はだから、もはや「時間」さえ有している。

頼むから『りすか』を読んでくれ。

 

スモークブルーの雨のち晴れ


スモークブルーの雨のち晴れ 1【電子特典付き】 (フルールコミックス)

元MR(医薬情報担当者)でライバルだった主人公二人の、バリバリセックスのある(あるほうがふつうだが、幅広い層がこれを読むことを想定してこう記しておく)R18BLで、特殊なのは、二人がいまは翻訳業に携わっているということだ(きちんとプロの方の監修も入っている)。

翻訳というのはエロい。なぜならそれは、ここではないどこかの他者を最大限にまで思いやり、その人の中に入り込むことだからだ。もちろん、入り込みすぎてもいけないから、必ず〈奥〉からは出なければいけない。このように、エロい。

ということなので、この作品もエロいに決まっている。が、あまりエロさばかり強調しても気が引けるので言っておけば、そうしたエロさが、生活と地続きに描かれているのがよい。各々仕事もあるし、家族に関することもある。タバコというのもお決まりのモチーフだが——もちろんタイトルとかかっている——、タバコを吸うということは、生活がある、ということでもある。

わけても「翻訳」というモチーフが気に入っているのだが、続きもののBL作品として、今年とくに愉しく読んだのでピックアップしてみた。

 

総評

マンガを読むという体験が、別の時間軸に脱線する体験だとしたらどうか。

言い換えればそれは、時間の箍(タガ)が外れる、ということでもある。「私」がそれまで生きていた時間はどこかへ行ってしまい、マンガを読むさなか、「私」は「私」でないどこかへ迷い込んで、別の時間を生きる。

うまく生きられたとき、動くはずのないマンガのイメージは、否応なしに、「動いてしまう」。単に「動く」のではなく、どうしようもなく、「動いてしまう」のだ。

そういう時を、2023年も生きられたことを、嬉しく思わずにはいられない。2024年もまた、そのような時を生きることができるとすれば、私のなかの複数化された時間が、翻って、「私」という時間を相対化し、ほかの時間軸と同様の時間として、生きられるようになるだろう。

 

 

「2023年おもしろかったYouTube」編へつづく…… ↓

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昨年のふりかえりは ↓

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*1:以下を参照。「付き合ってあげてもいいかな」特集 たみふるインタビュー - コミックナタリー 特集・インタビュー

*2:近年のラブコメについての整理は拙稿「ラブコメが〈宙吊り〉になるとき——『俺ガイル』における否定神学とその「加速」——」(『レプリカ』vol.1 https://www.melonbooks.co.jp/detail/detail.php?product_id=1819284 所収)で行ったので、興味がある方はそちらを参照されたい。

*3:《家族の夕食(un Diner en Famille)》と題され、キャプションに「とくに!ドレフュス事件については議論しないように!(Surtout! ne parlons pas de l'affaire Dreyfus!)/「議論してしまったようだ……(…ils en ont parlé)」と記された風刺画。教科書や資料集にも載っているだろうし、たとえばwikipediaからも確認できる。以下を参照。ドレフュス事件 - Wikipedia