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さらざんまい考察④村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』との類似性

Ⅰ. はじめに

『さらざんまい』と村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(以下『多崎つくる』と表記する)って似てるなと思いました。

 

どういうところが似ているのかというと、

  • ヒロインの名前(「吾妻サラ」∽「木本沙羅」)
  • 登場人物たちのイメージカラー(アカ∽一稀、アオ∽悠、つくる(黄)∽燕太、クロ∽真武、シロ∽玲央、緑川∽ケッピ)
  • 震災への意識をほのめかしている点(『さらざんまい』→関東大震災で半壊した凌雲閣が登場∽『多崎つくる』→2011年という設定、各所での震災関連の描写)
  • 「つながり」を一つのテーマとしている点

というような点です。

 

また、幾原監督が『輪るピングドラム』において「かえるくん、東京を救う」という村上春樹の短編を登場させたことは、幾原監督が村上春樹のことを意識していなくはないだろうと考えられる一つの証左と言えるでしょう。

 

今回はこの『さらざんまい』と『多崎つくる』とのつながりについて、現時点でわかる範囲から類似点を整理して考察したいと思います。

 

 

Ⅱ. ヒロインの名前

ⅰ.  「吾妻サラ」∽「木本沙羅」

まず「サラ」「沙羅」という名前の類似はあります。

 

また、以前の考察で「吾妻サラ」は橋渡し的存在なのではないかと書きましたが、『多崎つくる』の「沙羅」も、断絶した友人たちとのつながりを結び直す橋渡し的な役割を果たしています。

 

「吾妻サラ」については今後アニメでいろいろと明らかになってくると考えられますが、そのような役割的な類似も見出すことができなくはありません。

 

ⅱ. 「さら」=裏切りの名?

これはあくまで推測なのですが、「吾妻サラ」が「木本沙羅」をモチーフにしているのなら、「吾妻サラ」が裏切り者である可能性が考えられます。

 

まず、『さらざんまい』では、「今まで決して越えられないと思われていたコチラとアチラを隔てる河を越えて、カワウソ帝国がカッパ王国に攻め入ってきた」*1という設定があります。

 

どうして「越えられないと思われていた」河を越えることができたのかを単純に考えれば、そこに橋が架かった=吾妻橋がかかった=吾妻サラが橋渡しをしたからだと推測することができます。

 

また前回の考察から、吾妻サラはカッパ王国の姫、あるいはケッピの奥さんだと考えられるのですが、芥川龍之介『河童』では、ある雌の河童が雄の河童を殺そうとして盛った毒を、誤って獺(かわうそ)が飲んでしまうことによって河童vs獺の戦争が始まっています*2

 

 さらに『多崎つくる』では「沙羅」は、主人公の「つくる」と恋人であるにもかかわらず、物語中盤で「つくる」の見知らぬ男と外出しており、浮気しているようなそぶりを見せます*3

 

以上のような、ある種の見立てから、吾妻サラは裏切り者なのではないかと推測することはできます。

 

もちろん、ただの見立てであって推測の域はでません。

 

Ⅲ. 登場人物たちのイメージカラー

ⅰ. イメージカラーの一致

『多崎つくる』の主人公「つくる」の友人たちは色の名前があだ名となっているのですが、以下のように、その色が『さらざんまい』の登場人物のイメージカラーと一致します

  • 赤松 慶(通称 : アカ) ∽ 矢逆 一稀(イメージカラー : 赤)
  • 青海 悦夫(通称 : アオ) ∽ 久慈 悠(イメージカラー : 青)
  • 白根 柚木(通称 : シロ) ∽ 新星 玲央(イメージカラー : 白(?))
  • 黒埜 恵理(通称 : クロ) ∽ 阿久津 真武(イメージカラー : 黒)
  • 緑川 ∽ ケッピ(イメージカラー : 緑)
  • 多崎 つくる(イメージカラー : 黄) ∽ 陣内 燕太(イメージカラー : 黄)

『さらざんまい』の登場人物たちのイメージカラーは、ホームページの "CHARACTER" から確認できます。

 

ただし玲央のイメージカラーと、多崎つくるのイメージカラーについて説明が必要になります。

 

ⅱ. 玲央のイメージカラーは何色?

玲央のイメージカラーは、いろいろなこと考えると「白」がふさわしいように思えるのですが、はっきりとしたことがわかりませんでした。

 

ホームページのキャラクター欄では、「白」とも「灰色」ともとれるような色が背景になっており、判別不能でした。

 

ちなみに玲央のイメージカラーが灰色だったとしても、『多崎つくる』には「灰田」という灰色をイメージカラーにもつキャラクターがいるので、いずれにせよ、イメージカラーは一致します。

 

これに関して何か情報をお持ちの方がいらっしゃったらコメントをいただきたいです。

 

ⅲ. 多崎つくるのイメージカラーについて

多崎つくるは、作中では「色彩を持たない」人物ですが、中国の四神の考えから、つくるは、北(玄武、クロ)、東(青竜、アオ)、南(朱雀、アカ)、西(白虎、シロ)の中央にいる麒麟(黄)だという読みができるようです。

 

以下の記事に詳しく解説してあるので参考にしてください。

「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。② - 「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」は推理小説である。(感想・考察・謎解き) (ネタバレあり)

 

ⅳ. イメージカラーの一致から言えることは?

イメージカラーの一致から、『多崎つくる』の登場人物たちの振る舞いなどをもとにして、『さらざんまい』の登場人物たちの行動を推測するという「当て読み」をすることができます。

 

もちろん、言うまでもないことですが、これもあくまで推測なので、参考程度にとどめておいてください。

 

a. ケッピ→「悪」的存在?

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下に小さく "KURO KEPPI SYSTEM" の文字(『さらざんまい』第6皿より©イクニラッパー/シリコマンダーズ)

ケッピのイメージカラーに当てはまる「緑川」は、『多崎つくる』においては非常に重要な人物です。

 

「緑川」は、「死のトークン」を持っていたと考えられ、村上春樹作品における「悪」的存在だと考えられます。

 

これを当て読みすると、ケッピ=「悪」的存在なのではないかと推測できます。

 

現に『さらざんまい』第6皿では "KURO KEPPI SYSTEM" なるものの存在が明らかになり、おそらくケッピから分離したであろう禍々しい「悪」的な欲望= "KURO KEPPI" がカワウソ側に加担しているのではないかということがわかってきました。

 

b. 玲央と真武の関係性

『多崎つくる』で「当て読み」するならば、玲央と真武はかなり重要なキャラになってきます。

 

特に玲央とイメージカラーの一致するシロは、『多崎つくる』において、主人公の「つくる」にレイプされたと主張することで、「つくる」を友人たちのつながりから断絶する原因となっており、また、彼女が何者かに殺されたことが作品の中で大きな謎となっています

 

対して、真武とイメージカラーが一致するクロは、『多崎つくる』においてはシロのことを護らなければならないという使命感をもっており、そのへんは『さらざんまい』第6皿Cパートで真武が玲央をかばった様子と重なります。

 

二人に関しては『多崎つくる』ではかなり重要な人物となっており、妄想はつきないのですが、あまり推測しても邪推にしかならない気がするのでやめておきましょう……。

 

c. 多崎つくるという「駅」的存在

また燕太とイメージカラーの一致する主人公の「つくる」は、アカ、アオ、クロ、シロの結節点として、みんなをつなげる役割の一端を担っていたと考えられます。

 

それは彼が鉄道関係の仕事をしており、「駅」的な=駅と駅、人と人とをつなげる表象となっていることからもわかります。

 

このつくるのイメージカラーと一致するのが燕太なのですが、今のところ燕太は「駅」的な役割を十分に果たしているとは言い難いですね(一稀と悠をつなげる役目を果たしているとは思えますが)。

 

もしかしたら、もしかするとこの先アニメで玲央や真武と絡んでくるのかもしれません。

 

Ⅳ. 震災への意識をほのめかしている点

『さらざんまい』と『多崎つくる』は、どちらとも震災への意識をほのめかしていると考えられます。

 

ⅰ. 『さらざんまい』と震災

a. 関東大震災への意識

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火災と凌雲閣と思しき建物を壊すカワウソ(『さらざんまい』第6皿より©イクニラッパー/シリコマンダーズ)

『さらざんまい』の震災への意識は第6皿で登場した上の画像から読み取ることができます。

 

まず、上画像では、「凌雲閣」というかつて浅草に存在し、関東大震災で半壊した塔*4を模した建物がカワウソによって破壊されています

 

また、背面で激しく燃える炎は、関東大震災後に起こったと言われる火災旋風*5を思わせます。

 

さらにここに映る吾妻橋は、以前の考察で見たように、関東大震災の復興の一環として現在の姿に建て替えられたのでした。

 

以上のことからは関東大震災への意識がうかがえ、そこからカッパ王国vsカワウソ帝国の戦争は関東大震災をモチーフにしているのではないかと考えることもできます。

 

b. 幾原監督の春樹作品への意識

また、『さらざんまい』の監督である幾原監督は、同監督作品である『輪るピングドラム』で、震災をテーマとした村上春樹の作品「かえるくん、東京を救う」をモチーフにした『カエル君東京を救う』という書物を登場させています。

 

『輪るピングドラム』自体、地下鉄サリン事件という、村上春樹自身も衝撃をうけた事件を題材としており*6、幾原監督が村上春樹に対して一定以上の理解を持っているのは確かだと考えられます。

 

そのようなことも、『さらざんまい』が『多崎つくる』を、ひいては震災を意識していることの理由となるのではないでしょうか。

 

ⅱ. 『多崎つくる』と震災

『多崎つくる』は震災後文学として語られることがあります。*7

 

それはなぜかと言えば、まず単純に『多崎つくる』(2013年初版)が書かれ、発表されたのが東日本大震災(2011)の後であるから、そして作品中でも震災を思わせる設定や描写があるからです。

 

「震災を思わせる設定や描写」とは例えば、「つくる」が仲間たちとの「調和」から断絶された「16年前」という設定は、1995年阪神淡路大震災→2011年東日本大震災の間の16年という期間と重なることや、「巨大な自信家、すさまじい洪水に襲われた遠い地域の、悲惨な有様を伝えるテレビニュースの画像から目を離せなくなってしまった人のように」*8という直接的な描写などのことです。

 

また、村上春樹は1995年の阪神淡路大震災および地下鉄サリン事件を受けてデタッチメントからコミットメントへと作風を変えたことで有名です。*9

 

実際、「沙羅」という『多崎つくる』のヒロインと同名のヒロインが登場する「蜂蜜パイ」という短編では、震災後に必要とされる形で小説家が結末を書き換える描写があります*10

 

以上のことから、『さらざんまい』も『多崎つくる』も震災への意識はあり、その震災への意識をほのめかしているという点で類似していると考えられます。

 

Ⅴ. 「つながり」を一つのテーマとしている点

ⅰ. 『多崎つくる』における「つながり」のテーマ

『さらざんまい』が「つながり」をテーマとしているのは各所で確認できる*11のでよいとして、ここでは『多崎つくる』における「つながり」をテーマについて見ておきます。

 

『さらざんまい』では「つながり」でも特に、SNSなどでつながりが日常になっている時代を扱っている*12のですが、『多崎つくる』にも同様のテーマを見出すことができます。

 

『多崎つくる』では、簡単に言うと、ボタン一つで「フォロー」したり、ボタン一つで「ブロック」できるような「つながり」のあり様が、主人公「つくる」と友人たちの唐突な断絶や再会などで表現されていると読めます。

 

まず「つくる」に訪れるのは唐突な断絶です。

 

つくるは、それまで「乱れなく調和する共同体」*13を形成していた友人たちから、「きっぱりと妥協の余地もなく、唐突に」、「もうお前とは顔を合わせたくないし、口をききたくもない」*14と告げられます。

 

これはSNSで唐突に相手を「ブロック」することに類似しています。

 

そしてつくるは唐突な再開を決行することになります。

 

その際、つくるの友人たちの居場所を特定したのはヒロインの沙羅なのですが、そのやり方も「フェイスブック、グーグル、ツイッター、可能な限りの検索手段を用いて」*15特定するというネット社会ならではのやり方になっています。

 

さらにつくるは、仕事やプライベートがあるだろう友人たちに(しかも16年ぶりに会うというのに)、何のアポイントメントもなしに唐突に会いに行きます。

 

こうしたやり方には、ボタン一つで「フォロー」できるSNS的な「つながり」が感じられます。

 

以上のことは好意的にも、否定的にも解釈できます

 

すなわち、好意的に解釈すればそれは、16年という長い歳月を経ても、なんとなくわかり合えてしまう、無意識の底でつながっているような感覚が人間にはあると、人間の暖かい側面を読み取ることができます。

 

反対に、否定的に解釈すればそれは、唐突すぎる切断や接続は、SNS時代の「つながり」の異様さを揶揄しており、薄っぺらい関係でわかった気になってしまっているような人間の「つながり」の異様さを批判していると読めます。

 

以上のように解釈すれば、どちらにせよ、『多崎つくる』が「つながり」をテーマとしていると考えることができます。

 

ただ、『さらざんまい』では、見たくないような情報も「フォロー」していると見えてきてしまう、あるいはSNSをやらざるをえないような、「つながらざるをえない」ような中でどう生きればいいのかというようなことが描かれるように思われるので、『多崎つくる』とは、最終的に発するメッセージは異なると考えられます。

 

ⅱ. 「つながり」の起点となる震災

『多崎つくる』がなぜこのような「つながり」というテーマを描くことになったのかと言えば、それはやはり東日本大震災があったからだと考えられます。

 

SNS社会の台頭も理由の一つではあるのですが、大震災によって人間の「つながり」のあり様が変化していったというのは前提としてよいのではないかと思われます。

 

東日本大震災でも、電話はつながらなくてもTwitterはつながるよ、というような言説をよく目にしたことは記憶に新しいです。

 

SNSが災害に役に立つか否かの是非はおいておいても、ネット社会のさらなる普及が、災害時の身の振り様を左右したのは確かだと思われます。

 

また、震災が考えさせる大きな問題に「死」の問題があります。

 

自然災害という、人間の力ではどうしようもないものによって訪れる唐突な「つながり」の断絶、それをどう受け取ればよいのか、あるいはどう乗り越えればよいのか、そんなことをいやおうなしに考えさせられます。

 

『多崎つくる』でも、主人公「つくる」は「16年前」(作中時間では16年前に阪神淡路大震災が起こったと考えられる)から人との「つながり」をうまく結べなくなった存在として描かれています。((例えば「心を全開にしなくて済む女性としか交際しなかった」(村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫,2015) p124)))

 

そのような意味で、震災と「つながり」というテーマとは切っても切れないような関係にあると考えられます

 

『さらざんまい』を震災後作品の一つだと捉えるならば、幾原監督も以上のようなことを考えて『さらざんまい』を作ったのかもしれません。

 

Ⅵ. おわりに

以上のように、『さらざんまい』と『多崎つくる』との間にはいくつかの類似点が見られます。

 

それがどのように『さらざんまい』に反映されるのかは最後まで見てみないと何とも言えません。

 

当たり前ですが『さらざんまい』と『多崎つくる』は別物の作品です。

 

『多崎つくる』には『多崎つくる』なりのメッセージがあるように、『さらざんまい』には『さらざんまい』なりのメッセージがあると思われます。

 

まずは作品をじっくりと見て、そのようなメッセージを受け取ってい来たいと思います。

 

『さらざんまい』、これかも楽しみにしています。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。

<参考文献>

村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫,2015)


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 (文春文庫)

 

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*1:幾原邦彦・内海照子『さらざんまい上』(幻冬舎コミックス,2019)p219より引用

*2:芥川龍之介『河童』については芥川龍之介『河童』読解・解説 - 野の百合、空の鳥参照

*3:村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫,2015) p274~278参照。ただし、これに関しては沙羅が見知らぬ男と歩いている姿がつくる視点で描かれていることや、一緒にいた男が五十代前半であることから沙羅の親戚だと推測もできることなどから、沙羅が本当に浮気しているかどうかには議論の余地がある

*4:凌雲閣 - Wikipedia参照

*5:3万8千の焼死体/関東大震災(6) - ことばマガジン:朝日新聞デジタル参照

*6:京都大学新聞社/Kyoto University Press » 〈企画〉アニメ評 輪るピングドラム(2012.02.16)参照

*7:例えば「見えないもの」に迫る 3.11後の文学 批評家の視線 (1/3ページ) - 産経ニュース , 村上春樹新作 震災犠牲者の無念どう生かすかを問う側面も|NEWSポストセブン 参照

*8:村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫,2015)p51より引用

*9:村上春樹・河合隼雄『村上春樹、河合隼雄に会いに行く』(新潮文庫,1998年)参照

*10:村上春樹『神の子どもたちはみな踊る』(新潮文庫,2002)参照

*11:例えば「さらざんまい」は“本当の大人の妖怪モノ” 幾原邦彦監督&諏訪部順一登壇のAGFステージレポ | アニメ!アニメ! , アニメ『さらざんまい』作品のテーマは「つながり」。諏訪部順一、幾原邦彦監督がAGFステージイベントに登壇 | PASH! PLUS , 注目アニメ紹介:「さらざんまい」 幾原邦彦監督のオリジナルアニメ テーマはつながり 尻子玉を奪われカッパに - MANTANWEB(まんたんウェブ) 

*12:「さらざんまい」は“本当の大人の妖怪モノ” 幾原邦彦監督&諏訪部順一登壇のAGFステージレポ | アニメ!アニメ!参照

*13:村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫,2015) p24より引用

*14:以上村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫,2015) p8より引用

*15:村上春樹『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(文春文庫,2015)  p158より引用