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ダリフラ本編考察最終回「人間らしさ」

 

ダリフラ総まとめ

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第24話「わたしを離さないで」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

ダリフラ最終回より2週間が経ちました。

いろいろと書きたいこともあるのですが、感想などを述べる前に、まずは最終回自体の考察、そして『ダリフラ』全話を通じての考察を書いていきます。

とにかくまずは『ダリフラ』が言いたかったこと、『ダリフラ』がどういうことを伝えたかったのか、それを考えていきたいと思います。

 

 

結論としての最終回

「人間らしさ」

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第24話「わたしを離さないで」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

最終回では様々なことがある意味で結論づけられていましたが、その中でもまず大切な主張として「人間らしさ」というものを受け取ることができます。

最終回において、「人間らしさ」は主にゼロツーから、そして13部隊の仲間たちから語られていました。

ゼロツーは、自身が憧れた「人間らしさ」についてこう述べています。

ゼロツー「そうだ、人間はつよい
ヒ ロ 「ゼロツー?」
ゼロツー「これはダーリンが始めたことだよ。みんなと生きたい、そこに居たいと叫んでいる」
ヒ ロ  「そんないいものじゃないよ、俺のはただのわがままだ。考えなしにただ走って、みんなにも迷惑掛けた」
ゼロツー「そこまでして生きたかったんでしょ?だからこそ、ここにいたいってボクに叫んだんでしょ?ボクには君が眩しく見えたんだ。苦悩する顔も、その涙も、ボクの憧れた人間そのものだったから。そしてボクらはキスで繋がれた。キスはね、ボクだけのもの、特別な証。ボクらは偶然出会って、必然的に惹かれ合ったさあ!ボクの名を呼んで!ダーリン!」
ヒ ロ  「ゼロ……ツー!」
ゼロツー「さぁ、溶け合おう!ボクらは比翼の鳥だ!」*1

ゼロツーは、楽なことだけでなく、仲間と共に生きるにあたって苦悩すること、涙することに「人間らしさ」を見ています

自分らしく生きたいという自分の望みを、仲間と衝突しながらも叶えていくヒロの生き様の中に、ゼロツーは自分の憧れる「人間らしさ」を見つけたのでした。

そのような「自分らしい生き方」の中に「人間らしさ」を見つけたのはゼロツーだけでなく、13部隊の仲間も同じでした。

最終話のラストで、13部隊の仲間たちは以下のように振り返っています。

イチゴ(ヒロ、ゼロツー、私たちは今、自分らしく生きてるよそれを教えてくれたのは、あなたたち二人だった
フトシ(何事も楽しむこと)
イクノ(時には抗うこと)
ゾロメ(努力し続けること)
ミク (生ぬるいやり方じゃなく、本気で取り組むこと)
ココロ(相手を知ろうとすること)
ミツル(運命は、自分の手で決めること)
ゴロ―(自分の気持ちに正直であること)
イチゴ(誰かの翼になること。……きっと誰よりも、あなたたち二人がそんな人間らしさをもっていたんだと思う)*2

13部隊の仲間たちは、「比翼の鳥」としてのヒロとゼロツーの在り方の中に、「自分らしく生きる」ということ、「人間らしさ」を見ています。

また、イチゴの「きっと誰よりも」という言い回しには、「叫竜」になったのにも関わらずヒロとゼロツーが一番「人間」らしかったという意味合いが含まれているように思われます。

このことからは、物理的な外見や体のつくりにとらわれず、精神的な「人間らしさ」に重きを置くという『ダリフラ』の趣旨が一つ、読み取れます。

この趣旨は、「化け物」にコンプレックスを抱き、「人間」を理想としながらパパたちの嘘に気づき、ヒロと共生することで精神的に「人間」になることができたというゼロツーの葛藤に対しての結論と重なるとも言えます。

以上のことから、『ダリフラ』全体として、そのような「人間らしさ」が伝えたかったことの一つにあると考えられます。

 

「生き方」の闘いへと回収される「人類×VIRM」

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第24話「わたしを離さないで」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

前述したような「人間らしさ」こそが、23話でナナが語っていた「命の煌めき」であると考えられるわけですが、この「人間らしさ」を貫いた結果、「凪のような快楽」を理想とするVIRMはしりぞけられます

はじめVIRMは肉体を持たない思念体として登場し、肉体を捨てるよう要求します。

前回の考察で見たように、それは「凪のような快楽」を実現するためであり、VIRMにとって肉体は苦痛のもと、悲しみの根源だと考えられているからです

最終回でもVIRMはこう言い残しています。

「魂と呼ばれる者たちよ、また旧き肉体の檻へと還るのか」
「また苦しみや悲しみという感情に縛られるというのか」*3

ここにおいて、「人類×VIRM」という闘いは、それぞれの考える「生き方」の衝突に還元されます

すなわち、VIRMにとっては肉体こそが苦しみや悲しみの根源でありえるわけですが、ヒロやゼロツーにとっては、肉体を備え、苦しみや悲しみがあってこそ「人間らしさ」があり、それが「命の煌めき」であるわけです

また、全体を通して言うならば、肉体には「性」があり、そこにも葛藤の根源があります

これに関しては第18話のイクノのセリフが参考になります。

イクノ「私はあのとき、ナインズと同じことを考えてた。そんな自分を誤魔化すためにあいつを引っ叩いたの」
イチゴ「同じことって……どういう……」
イクノ「フランクスは女と男でしか動かせない……そんなめんどくさいシステム、無くなっちゃえばいいのにって……。ただその後で気付いたんだ。それだけめんどくさいって思っても、それを否定したら、私は私じゃなくなっちゃうイチゴは、イチゴじゃなくなっちゃう……。そんなのイヤだって。もうホント……袋小路だ。私の気持ち……」
イチゴ「気持ち……?」
イクノ「好きなの……イチゴが」*4

 「女と男」という性別があるからこそ「めんどくさい」、でも「めんどくさい」思いを否定してしまえばイチゴを好きな複雑な自分はいなくなってしまう、「女と男」を否定したら自分の好きな「女」であるイチゴはいなくなってしまう、そんな葛藤が見て取れます。

そしてこれに対するイチゴの答えは「めんどくさい」部分を「生きている」という実感に還元するものになっています。

イチゴ「めんどくさくたって良いじゃん…それを言うならあたしだって相当だよ。私たち、みんなめんどくさいんだよ。でもさ、それで良いかなって、最近思い始めて来てるんだ。もしかしたら、こういうのの積み重ねが生きてるっていうことなんじゃないかなって気がして……」
イクノ「私、きっとすぐには諦められない……諦められないんだ……」
イチゴ「うん、知ってる……」*5

これもまた、「人間らしさ」に対する製作者の主張の代弁と取れます。

「性」がある種の「めんどくさい」ことを生む、でもその積み重ねこそ「生きてる」ということである、これも『ダリフラ』の伝えたい「人間らしさ」だと考えられます。

したがって以上のことから、VIRMが最終的な「敵」である理由もわかります。

「肉体」や「性」をもたないVIRMだからこそ「肉体」をもち、「めんどくさい」部分を備えた人間の「敵」として機能できるのです。

逆に言うならば、「肉体」や「性」をもたず、「凪のような快楽」を掲げるVIRMでなければ、「肉体」も「性」も「人間らしさ」も備えたコドモの敵にはなり得ないと言えます。

こうして「人間×VIRM」の闘いは「生き方」の闘いへと還元されます。

 

命をつなげる

希望を残す

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第24話「わたしを離さないで」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

ヒロやゼロツーから「人間らしさ」を教わった13部隊の面々は、地球上で延命し、命をつなげる選択をします

特に、イクノの研究によって短命だったパラサイトたちがより長く生きられるようになったというのは、ただ戦うために生まれたコドモたちが、「人間らしく」生きる道を選択したという結論だと受け取ることが出来ます

これは、新しい命を残すことが未来の希望につながる、というココロの主張と重なります。

 

帰る場所としての星

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第24話「わたしを離さないで」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

また、人類の住む星はイチゴから「どれだけ掛かってもいいからさ、ちゃんと帰ってきなよ、二人とも。いつ帰って来てもいい様に、この星は私たちがつないでおくからさ」と、つなげるものとして語られます。

なぜこの星でないといけないのか、はっきりとした言及はありませんが、イチゴからその星はヒロとゼロツーが魂になり帰ってくる場所としてつなげられると語られます。

そして実際に、ヒロとゼロツーはこの星において人間に転生し、再開します。

この結末については、別の記事の方で言及したいと思います。

 

老いる存在と老いない存在の橋渡しをする

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第24話「わたしを離さないで」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

ナナとハチは、不老不死である身を利用し、人類の観察者として生き続けることになります。

「オトナでもコドモでも無い……その狭間にいる、老いることのない存在。そんな我々が成すべき役目こそ、彼ら人間の未来に寄り添い、見守り続けることなのだろう」というハチのセリフからは、人間の未来を見守り続ける覚悟が読み取れます。

未来の人間は彼らの語り継ぐ過去によって、自分たちの生き方の参考にするでしょう。

同様のことは「絵本」についても言えます。

「絵本」は、その結末を書き込まれることで、未来の人類の参考にされることになります

これについても是非が問われるところですが、今は「絵本」によってヒロとゼロツーの生き様を後世に伝えることにした、という13部隊、ひいては人類の結論だけを述べておきます。

 

 

「人間らしさ」を提示した『ダリフラ』

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第24話「わたしを離さないで」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

『ダリフラ』が私たちに伝えてくれたのは、一種の「人間らしさ」だと考えられます

「人間らしさ」、では語弊があるかもしれないので、より広く言うなら、「生きるということ」を伝えてくれたと言ってもいいかもしれません。

共に生きる上で生じる様々な葛藤、苦悩、それを乗り切り自分らしく生きるということ、そんな「人間らしさ」が私たちに提示されたように思われます。

今回は全体を通じて、『ダリフラ』が何を伝えたかったのか考えてきました。

以上のことをどう受け取るかは視聴者次第です。

 

『ダリフラ』、いかがでしたか?

私は今までの記事を、『ダリフラ』を少しでもより楽しんでいただけるようにと思って書きました。

何か、ほんの少しでも、みなさまの楽しみにつながったのならば、私としてはうれしいです。

ここまでは一貫して『ダリフラ』を楽しんでいただけるように努めてきたつもりです。

ただ『ダリフラ』について、『ダリフラ』というアニメーションについて、あるいはこのブログの試みについて、個人的に、「感想」としても書いておきたいことがあるので、それをまた別に書いていきたいと思います。

もしも「感想」の方をお待ちになっていた方がいらしたら、もう少々お時間をいただくことになってしまいます。

申し訳ありません。

ただ「本編考察」の方は、ここで一区切りとさせていただきたいと思います。

 

今まで「考察」を読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。

 

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*1:『ダーリン・イン・ザ・フランキス』24話「わたしを離さないで」より引用。文章、太字は筆者による

*2:『ダーリン・イン・ザ・フランキス』24話「わたしを離さないで」より引用。文章、太字は筆者による

*3:『ダーリン・イン・ザ・フランキス』24話「わたしを離さないで」より引用。文章、太字は筆者による

*4:『ダーリン・イン・ザ・フランキス』18話「桜の花が咲く頃に」より引用。文章、太字は筆者による

*5:『ダーリン・イン・ザ・フランキス』18話「桜の花が咲く頃に」より引用。文章、太字は筆者による