野の百合、空の鳥

アニメ・漫画・文学を「読む」

20秒の美学、加速する音楽——「式浦。」から整理する2020年初頭におけるボカロ曲の諸特徴

はじめに. 平均20秒のボカロ曲

「式浦。」楽曲たち

音楽が加速している。

所狭しと並ぶ画一的なサムネを見れば、そこにある楽曲たちの長さがすべて20秒前後であることがわかるだろう。

「式浦。」は、2022年1月20日にデビューした新進気鋭のボカロPだ*1。「式浦。」楽曲の長さを見て、それがTikTokに最適化されたサイズだ、と指摘することは素人でもたやすい。

だがそれだけではない。「式浦。」楽曲には、(筆者が観測するかぎりでの)最近流行りのボカロ曲の諸特徴(が先鋭化したもの)が「全部盛り」になっているのだ。今回はその近年(2020年初頭)流行りのボカロ曲の諸特徴について、「式浦。」楽曲から少し整理してみたい。

 

とはいえ、あらかじめ断っておけば、筆者には音楽的教養がほぼないと言っても過言ではない。ただし筆者は、YouTubeを2020年9月から5000時間以上再生しているプレイヤーではあり、「Youtubeをたくさん見る人」の観点から整理できることもあると思った次第だ。

したがって筆者が「音楽」を語るとき、むしろそれを取り巻く外的な特徴でくくることに終始する。そのため、それに当たっては残念ながら音楽の内容的な特徴の面は捨象されてしまうだろう。それについては聡明な読者諸氏の叱咤を待つばかりであるが、それでも何か寄与するところがあれば嬉しい。そう思ってこの観測録を記す。

1.0. 楽曲の短さ

www.youtube.com

「式浦。」の特徴は、まず何と言ってもその楽曲の短さにあるだろう。2022年5月26日現在閲覧できる12曲のうち、1曲の例外を除けば*2、平均楽曲時間は約20.5秒となる。

この短さが、まず近年の流行ボカロ曲に通ずる。実際、たとえば「ボカコレ2022春ルーキー」のランキング上位100曲の平均楽曲時間が約187.8秒であるのに対して*3、2010年に投稿されたボカロ曲の再生数上位100曲の平均楽曲時間は約249.0秒であるので*4、実に60秒=1分近くも差があることになる。

したがって、近年流行りのボカロ曲が昔よりは短くなっていることは明らかであろう。

 

1.1. 歌い出し/イントロなし

また楽曲が短くなれば必然的に、歌い出しから、つまりイントロなしで始まることも想定される。「式浦。」の楽曲も言うまでもなく、みなイントロなしで始まっている。

そこで2020年初頭の人気ボカロ曲を見てみれば、2020年では柊キライ「ボッカデラベリタ」、Ayase「シニカルナイトプラン」など、2021年ではツミキ「フォニイ」、DECO*27「ヴァンパイア」、syudou「キュートなカノジョ」など、2022年ではピノキオピー「魔法少女とチョコレゐト」、なきそ「ド屑」、柊マグネタイト「カノン」などが歌い出しから始まっている。

とはいえ、ヒット曲であっても、たとえば2020年ではKanaria「KING」やChinzo「グッバイ宣言」、かいりきベア「ダーリンダンス」、2021年では柊マグネタイト「マーシャル・マキシマイザー」、いよわ「きゅうくらりん」、sasakure.‌UK「トンデモワンダーズ」、2022年ではバルーン「ノマド」、Kanaria「アイデンティティ」など、ふつうにイントロのある曲も多い。

だがそうしたイントロのある曲であっても、楽曲の長さとしてはほぼ3分前後であり、長くても4分以内には収まっている。2020年の、まさに “王者” 楽曲である「KING」に至っては、イントロがあるにもかかわらず2分14秒という短さを誇っている(もちろんそれに比較すれば歌い出しから始まる曲の方が、歌い出しの後にイントロを挟むのでむしろ長くなると考えることもできるが)。

要するに、歌い出し/イントロに関しては一概には言えないが、とにかくイントロあるなしに関わらず、「短い」というのが2020年初頭流行ボカロ曲のひとつの特徴とまとめられよう。

 

1.2. 例外状態——長い間奏

とはいえ、いつの時代にも例外はある。というより、狙って差異を生みだしている楽曲もある。

「ボカコレ2022春」ランキング1位に輝いた r-906「まにまに」がまさにそれに当たるだろう。

www.youtube.com

この楽曲は、歌い出しから/イントロなしで始まりながらも、間奏が約2分間もあるという、きわめて例外的なボカロ曲となっている。

間奏の間、PVでは射手が弓を張りつめ、サビになった瞬間に放つ。この緊張と解放を、「スピード消費世界」*5に抗って表現した本曲は、その意味で実験的な逸品とも言える。

そしてこうした実験的作品がボカコレで1位をとった、ということ自体が、ボカロシーンの歴史に刻まれる出来事となろう。

 

1.3. 例外状態——長い楽曲

あるいはそもそも曲自体が非常に長いものもある。柊マグネタイト「或世界消失」がそれだ。

www.youtube.com

本曲は11分32秒という、近年の人気ボカロ曲のなかでは、驚異的な長さを誇っている*6

柊マグネタイトといえば「マーシャル・マキシマイザー」がもっとも有名な曲だが、今となっては(柊マグネタイト楽曲のなかでの分類として)「世界系」と呼ばれるような、漢字を多用し、独特の「世界観」を形成して「考察」を誘うような作品から出発したボカロPである。

というより、「或世界消失」こそが柊マグネタイトのデビュー作なのだから、むしろ「マーシャル・マキシマイザー」の方が、楽曲の短さや(後述するような)「アップ一枚絵」、歌唱に「可不」を用いるなどして、「バズる」要素に適合し、狙って生み出したヒット作だとも言えるだろう。

ともかく、上記のことから、2020年代初頭の流行ボカロ曲には、短いという “傾向がある” ということは言えるが、実体としてはもっと豊かな、多種多様な土壌が広がっているとまとめることができるだろう。

 

2.0. アップ一枚絵

「式浦。」楽曲のサムネたち

「短い」ことのほかに、近年流行したボカロ曲の特徴として、「アップ一枚絵」というのがある。

「アップ一枚絵」というのは、人物の上半身、とりわけ顔の方、いわゆるバストアップおよびフェイスアップの一枚絵のことを指す。「式浦。」楽曲のサムネたちを見ればわかるように、「式浦。」はこの「アップ一枚絵」をすべての楽曲のサムネにしている。

そこで近年(も)ヒット作を生み出しているボカロPたちのサムネイルを見てみよう。

上から順にDECO*27, かいりきベア, 柊キライ, すりぃ, Kanariaのサムネたち

DECO*27、かいりきベア、柊キライ、すりぃ、Kanaria……いずれも(アルバムのクロスフェードなど以外は)「アップ一枚絵」をサムネイルにしていることがわかるだろう。

もちろんサムネが「アップ一枚絵」だけではないボカロPも山ほどいるのは承知の上だ。だがしかし、「アップ一枚絵」のサムネで、かつ、動画の中身もアップにした人物を中心に歌詞を動かして、いわゆるリリックビデオ的なMVを作る、そういう画一的な形態がこれほどまでに浸透したことはかつてなかった。

これはミームのようなものであって、どこかひとつの場所に原因を見ることは難しい。強いて何かそれっぽいことを言えば、Vtuber/Youtuberの “上半身だけ” ≒「アップ一枚絵」的な配信スタイルに親しみを覚えた、あるいはそれが浸透した結果なのかもしれない。だがもちろん、実態はわからない。

そもそも歌ってみた界の若手頂点に君臨する Ado の立ち絵自体が「アップ一枚絵」っぽいと言えばそうだし、歌ってみた、あるいは「アップ一枚絵」的な姿をした Vtuber たちによる大量の cover が、翻ってボカロPたち、あるいは絵師たちに影響を与える可能性もゼロではない。

だが、たとえばかいりきベアなどは、Vtuber などが流行るずっと前からこの画一的なスタイルだったのであり、やはり一概には言えない(だがそれはかいりきベア一人だけの話なので「流行」の問題とは切り離して考えるべき、とさらに反論することもできようが)。

ともかく、筆者の観測上は「アップ一枚絵」が明らかに流行しているように思われ、そしてそれは次の論点、つまり「地雷系/量産型」サムネの流行とも関わる。

 

2.1. 「地雷系/量産型」サムネ

それから近年目立つのはいわゆる「地雷系/量産型」の(とりわけ少女の)「アップ一枚絵」サムネだ。

たとえば以下のような楽曲がそれに当たる。

www.youtube.com

www.youtube.com

www.youtube.com

www.youtube.com

振り返れば「式浦。」のサムネにも「地雷系/量産型」は多く、現実世界のいわゆるトー横界隈などの勃興などと連動してボカロ界にもそうしたファッションが浸透してきている。

それはなにもファッションのみならず、歌詞にも影響している。希死念慮を謳う楽曲というのはこれまでも多くあったが(というよりそれこそボカロ曲の十八番でもあったように思われるが)、近年では「推し」概念の浸透やTikTokでのボカロ曲使用の流れも相まって、希死念慮というよりは「推し」や自らの容姿、生き方をめぐるメンヘラ的信条/心情のほうが色濃く謳われている。

「ぴえん」「勝たん」「パパ」「推し」「裏アカ」「ストロング」「古参アピ」……そこには “リアル” に隣接した用語が蔓延る。いわゆる昔ながらの「オタク」(?)だけがボカロ曲を聞く時代というのはとうの昔に過ぎ去ったが、今ではより現実に密接に、リアルの真隣にボカロ曲が寄り添っているのである。

 

3.0. ——(名無し)

もうひとつ、流行りのボカロ曲すべてに共通しているというわけでは全然ないが、近年台頭しているボカロ曲の一部の特徴として、(名無し)であることが挙げられる。

「式浦。」楽曲の動画ページを見ればわかるように、そこには名前がない。「式浦。」については楽曲自体に名前がないわけではなく、それは動画の概要欄に記載されているのだが、こうした動画タイトルを(名無し)にするという手法はしばしば見かける。

こうしたボカロ曲の代表として azari の以下の楽曲が挙げられるだろう。

www.youtube.com

こうした楽曲の特徴としては、おすすめでしか出会えないことが挙げられる*7。つまり、あえて動画を無名にして偶然の出遭いを演出することによって、むしろ自分が発見した感、自分だけの「推し」感を盛り立てるのだ。

こうした動画は、ミステリアスな要素を踏まえていることも多く、上記の動画の場合は、作者が16歳を自称していたためにより、「才能を発掘した」感があったと推測される。

 

3.1. (名無し)の先駆け

が、こうした(名無し)動画はボカロ曲というより、厳密には少し違った場所から広まったように思われる。

代表的なのはワカメ(x0o0x_)だろう。ワカメが初めに(名無し)タイトルで投稿したのは歌声合成ソフトUTAUを用いた自作の楽曲であり、その点では大きなカテゴリーではボカロ曲に収められるのかもしれないが、UTAUをVocaloidとするか否かはときと場合に依るし、ワカメ楽曲のなかでもっとも再生されているものは、ワカメ自らが歌唱した、これまた(名無し)の歌ってみた動画(以下)だからだ。

www.youtube.com

この楽曲はインターネットで広まった都市伝説「きさらぎ駅」を題材にしており、2ちゃんねるで逸話を投稿した人物が謎の無人駅「きさらぎ駅」に偶然たどり着いたのと同じ仕方で偶然この楽曲にたどり着くというメタ的構造が、この楽曲が伸びた要因であると推察される。

また、ワカメのこの(名無し)動画の系譜もさらに遡れば、「全てあなたの所為です。」に行き着く。これについて語ると長くなるので語らないが(詳細は以下を参照されたい全てあなたの所為です。とは (スベテアナタノセイデスとは) [単語記事] - ニコニコ大百科)、ともかく、(名無し)動画の系譜はボカロとは別のところにある。

だがそうだとしても、(名無し)の傾向はこれからも広まるだろう。これは何も動画名(曲名)に限った話ではなく、P名、あるいは歌い手名、つまりユーザーネームにも共通する話である。

たとえば、「偽物人間40号」で有名な「¿?」や「アルマ」を手掛けた「ت」、歌い手sekaiのユーザー名である「𓆑」など、(名無し)ではないが、(名無し)に近い謎のユーザー名というのは、とりわけミステリアスな雰囲気を醸す流行りのP/歌い手に共通している。

こうした傾向は「マイナーな」流行の形として注目に値するだろう。

 

おわりに

さて以上、「式浦。」に見出せる特徴から2020年初頭のボカロ曲について、筆者の観測した範囲で整理してみた。

だが肝心な点、つまり「式浦。」自体の魅力について語っていないわけだが、「式浦。」はこうした類型に嵌った、テンプレ的なボカロ曲、と言いたいわけではけっしてないのだ。

むしろそれらを「全部盛り」にしている点が特異だと言いたい。そしてただ「全部盛り」にするだけでなく、短さも先鋭化させて平均20秒にまで縮め、サムネも画一的を極め、一貫して(名無し)にする、という非常に尖ったボカロPだと思うのだ。

その点で、「式浦。」はほかのボカロPたちよりも速く、さらに速く加速し、先端を行っている。

はたして僕たちはついてゆけるのだろうか。「式浦。」の切り開く、世界のスピードに——

 

参考文献等

式浦。 - YouTube

式浦。 (@_shikiura_) | Twitter

式浦。 (@_shikiura_) TikTok | Watch 式浦。's Newest TikTok Videos

*1:当然これは「式浦。」としてデビューした日付であって, ボカロPにおいても「転生」は珍しくない. したがって, つい最近デビューしたにもかかわらず技量が高い, というような言説は意味をもたず, むしろ, いつどのような音楽性でもってデビューしたか, その機微を捉えることのほうが重要であろう. ボカロPの「転生」については以下も参照されたい. 最近は『一曲目から大ヒットした人』になるために別人として投稿する"転生"をするボカロPがいるらしい「戦略的で効率的」「寂しい」 - Togetter

*2:この「例外」とは「身体は正直だって言ってんの」フルver. を指す. こちらはボカロ文化をきっかけに生まれたインターネット等で活動するクリエイターやユーザー、企業などがランキングなどで競い合う祭典『The VOCALOID Collection(ボカコレ)』の2022年春版にエントリーされた作品であり, それに併せてもともとあった「身体は正直だって言ってんの」ショートver. をフル尺にしたものである. 「ボカコレ」には長さに関する規定(つまりある程度の長さがないとエントリーできない、あるいは逆に長すぎるとエントリーできない、といったような長さに関する規定)は存在しないが, 「式浦。」楽曲のなかでショート/フルがある楽曲はこれのみであり, いずれにせよ「式浦。」楽曲のなかで例外ではある. ただし厳密にはフル/ショートという区分は筆者がわかりやすく名付けたものであり, そもそもそうした区分などなかったことのほうが注目すべきである. ちなみにショート ver. の長さは17秒である.

*3:「ボカコレ2022春ルーキー」ランキングについては以下を参照し(ボカコレルーキーランキング | ボカコレ公式), 以下のリスト(「ボカコレ2022春 真・ルーキーランキング」 御丹宮くるみさんの公開マイリスト - ニコニコ)を元に統計した. 

*4:以下のような限定検索(人気の「VOCALOID」動画 36,265本 - ニコニコ動画)で統計した. ただしニコカラや既存曲の解釈PV, メドレーなどは除き, オリジナル曲はもちろん, 2010年に投稿されたJPOPなどのカバー曲も上位100曲の範囲に含めた.

*5: Youtubeのr-906「まにまに」コメント欄の最も評価の高いコメントより引用. 全文は「このスピード消費世界において、約2分間も間奏を聴かせるとか狂気でしかない。好き。」となっている. このコメントが評価されること自体が逆説的にこの曲が「スピード消費社会」に抗うという理解で受け止められたということを象徴している.

*6:当然ながらもっと長いボカロ曲というのは山ほど存在するようである. たとえば筆者が観測した範囲でも【初音ミク】CHAOTIC UNIVERSE -full ver.-【オリジナル】 - ニコニコ動画は約1時間ほどあるし、【洗脳用BGM】にゃにゃにゃ?【100分間耐久】 - ニコニコ動画に至ってはその名の通り100分あり, おそらく筆者知らないだけでもっと長い楽曲が存在するのだろう(24時間とか, 数日とか). 有識者の方がいらしたらぜひコメントいただければ嬉しい.

*7:実際には一度であってしまえば, あるいは一度であった人から聞けば, 特定のキーワードで検索は可能ではある.