野の百合、空の鳥

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『潜熱』紹介 「彼の闇すら、すべて愛しい。」

 

「悪い人を、好きになりました。」


潜熱(1) (ビッグコミックス)

 「潜熱」それは内部にひそんだ熱。奥底ではふつふつと湧き上がっていても、表には出てこない熱

 氷が水に変わっている間、温度の変化はない。同様に、水が水蒸気に変わっている間も温度に変化はない。それでも変化は起こるのだから、そこには確実にエネルギーが使われている。そのように使われるエネルギーが「潜熱」だ。

 

 この漫画の主人公は19歳の女子大生。そして恋をする相手は中年のヤクザだ。幸薄げで、物静かな彼女は、それでも心の奥で、熱い恋の炎を灯している

 今回はそんな冷たさと熱さを兼ね備えた漫画『潜熱』を、2つのポイントと共に紹介する。ただそれに伴い、多少ネタバレがある。ただ、多少中身がわからないと面白いかどうか判断がつきにくいと思う。そんなわけで多少ネタバレがあっても、この漫画読んでみたいかも、と思っていただけたら嬉しい。

 

 

ポイント①「ヤクザ」である男・逆瀬川

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『潜熱』(1)より ©Ayako Noda 2017

 1つ目のポイントは、ヤクザである男、逆瀬川(のせがわ)

 主人公の女子大生瑠璃(るり)が好きになるのがこの中年ヤクザ逆瀬川だ。最近で言えば、『恋は雨上がりのように』など、年の差の恋愛を描いた漫画は、古今東西存在する。そんなありふれた年の差漫画の中でも、『潜熱』の特徴は、男がヤクザであるという点だろう。

 なぜヤクザなのか、筆者はインタビューでこう語っている。

「もともと映画やアニメなどのフィクションに出てくる、ヤクザとか“悪の組織”の人だとか、悪いおじさんが好きなんです。なので自分でも、そういう人を描いてみたかった」*1

 要するに、好みだからである。ただ、書いたきっかけは好みでも、ヤクザという設定はいろいろな場面で効いてくる。

 例えば、上に引用した画像の場面。雨の日、コンビニのバイト帰りに瑠璃は、逆瀬川に車で自宅まで送ってもらう。そこで瑠璃は、「うれしかったです。逆瀬川さんが優しい人で本当に――……」と口にする。

 それに対して逆瀬川は、「瑠璃さんは、俺が優しい人だと思うの?」と問いかける。そうして、口にしていたタバコを瑠璃の唇に当てる……。

 いや悪い、悪い男だ、本当に……。こういうキザなセリフもヤクザだからこそ言えるのだろう。あるいは、瑠璃の視点からすれば、相手がヤクザだからこそ、優しい人or悪い人、という葛藤を抱えられるのだろう。

 瑠璃は、「年の差恋愛」だけではなく、「世間体の悪いヤクザとの恋愛」という二重苦を抱えている。実際、まわりからも止められ、そのせいで厄介なことも巻き込まれていく。

 「年の差」だけでなく、「ヤクザ」という属性が、物語により起伏と味をつけていると言えるだろう。

 

ポイント②「潜熱」を抱えた女子大生・瑠璃

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『潜熱』(1)より ©Ayako Noda 2017

 2つ目のポイントは、「潜熱」を抱えた女子大生、瑠璃

 逆瀬川は逆瀬川で「ヤバい人」だが、瑠璃も瑠璃で「ヤバい人」だ。タイトルは「潜熱」だが、「潜熱」を最も多く抱えているとしたら、それは瑠璃だ。

 そんな瑠璃の抱えた「潜熱」を垣間見れるのが上の画像のシーン。

 逆瀬川の「事務所」を訪ねた瑠璃は、そこで「いつでも電話して。」と、逆瀬川から電話番号を渡される。最初は戸惑う瑠璃も、逆瀬川の真剣さに後押しされ、電話番号を受け取る

 そして、逆瀬川が「人が来るからそろそろ……」と瑠璃を帰らせようとしたその瞬間、逆瀬川の携帯が鳴りだす。着信の相手は、目の前の瑠璃。そんな瑠璃に、逆瀬川は尋ねる。「瑠璃さんは……カッとなりやすいほうか?」

 瑠璃の思いが突沸した瞬間。象徴的なシーンだ。これ以外にも、瑠璃はところどころで、籠った熱を放出する。

 まさに「潜熱」。そのエネルギーはどこで発散されるかわからない、とらえどころがない熱だからこそ、ついその行方を追いたくなる。

 

「彼の闇すら、すべて愛しい。」

女性作者のうまさ


潜熱(2) (ビッグコミックス)

 『潜熱』、いかがだろうか。もちろん好みもあるが、近年の年の差恋愛漫画とは少し違った、独特の雰囲気を楽しめるのではないだろうか。それには女性作者、女性視点というのが大きいと思う。

 男性作者でももちろん素晴らしい作品はあるが、男性が描いた女、というのはどうしても作り物感が強くなってしまうように思う。その点、女性が描いた女、というのはよりリアルだ。

 加えて、『潜熱』の作者である野田彩子「新井煮干し子」という別名義でBL漫画も多数描いている。個人的な感想だが、BL漫画を描いている人の方が、感情の機微を描くのがうまいと思う。

 

 

加熱する物語


潜熱 (3) (ビッグコミックス)

 1巻で少しくぐもっていた瑠璃の熱も、2巻に入り、さらに加熱される。 最終巻となる3巻も発売中となっている。

 個人的にこの漫画の好きなところは、瑠璃が逆瀬川のことをなぜ好きなのか、というその理由の追究だ。1巻でほのめかされたその疑問は、2巻で結晶化する。逆瀬川がなぜ好きなのか、瑠璃はそれにどう答えたのか、ぜひ自分の目で確かめていただきたい。

 

 最後になったが、ついでに野田彩子、もとい新井煮干し子のおすすめ作品を貼っておく。ぶっちゃけ、個人的には『潜熱』より、新井煮干し子のBLの方が好きだ。


渾名をくれ (onBLUEコミックス)

 


因果の魚 (onBLUE comics)

  『潜熱』は10/12には最終巻が出るので、もしかしたら『潜熱』全体に関する考察・批評記事を書くかもしれない。

 ちなみに、今回はなんとなく気分で「である調」にしてみたが、次回はどうなっているかわからない。

 

 最後までお読みいただき、ありがとうございました!