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ダリフラ本編考察⑨「神」を射抜くコドモたち<前編>

 

「十字架」のメタファー?

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第8話「男の子×女の子」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

このカット、ココロの顔に十字型の影が落ちています。

 

考えすぎだと言われるかもしれませんが、私にはこの十字の影が十字架のメタファーに思えて仕方ありません。

 

たしかにこの十字の影は、単にココロの下向きな心情を反映しただけのものであるということも十分あり得ます。

 

しかしこの影が十字架のメタファーであると考えると、おもしろい解釈ができるのです。

 

今回はそのようなおもしろい解釈を紹介し、そこから見えてくる『ダリフラ』の今後の展望を予測してみたいと思います。

 

 

「十字架」→「原罪」を背負う

ココロの顔の影が「十字架」だとするならば、それはココロが「原罪」を背負ったのだと解釈できます。

 

この一見突拍子もない解釈を理解していただくためには、まず「十字架」について考える必要があります。

 

「十字架」とは何か

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イエスの磔刑

「十字架」とは元来、罪人を磔刑に処する際、拘束のために用いる道具です。

 

しかし周知のとおり、これが象徴として用いられるときにはとりわけ宗教的な意味、つまりイエス・キリストがはりつけにされた刑具としての意味を持ちます。

 

キリスト教においてイエスの磔刑には様々な解釈が施されていますが、特にに重要なことはイエスは磔刑に処されることで人々の罪を贖ったということです。

 

十字架は、イエスの肉体的および精神的受難の末に人類の罪を贖われたことの象徴なのです。

 

そしてそのイエスの贖罪によって人類が解放された罪こそ「原罪」です。

 

「原罪」とは何か

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知恵の樹

「原罪」とは一般に、アダムとイヴが、神から食べてはいけないとされていた知恵の樹の実を、蛇にそそのかされて食べてしまったことに関して生じた罪のことです。

 

正確には、にそそのかされたのはイヴであり、そのイヴの薦めでアダムも知恵の樹の実を食べてしまったのでした。

 

そしてそのために、後で神に問い詰められた際、アダムはイヴに薦められたから食べたと、さらにイヴは蛇に騙されて食べた責任転嫁をしたのでした。

 

この一連の物語が「原罪」という概念のもととなっており、アダムとイヴの子孫である我々人類もみなこの「原罪」を背負っているのだというのがキリスト教の一つの考え方です。

 

そしてこの全人類が背負った「原罪」の贖罪がイエスの十字架刑の際に行われたというわけです。

 

以上のことから、十字架の影はココロが「原罪」を背負ったことを意味するのだという解釈までの流れもご理解いただけると思います。

 

つまり、

  1. ココロに「十字架」の影が落ちるということは、ココロも「十字架」が象徴する何かを負っていると考えられる。
  2. 「十字架」にはりつけにされ、贖罪をおこなったイエスは人類の「原罪」を背負っていた。
  3. したがってココロもイエスと同様に「原罪」を背負っていると考えられる。

ということです。

 

そしてこのココロが「原罪」を背負っているという解釈は、「原罪」についての一連の物語と『ダリフラ』本編におけるココロの挙動とのアナロジーに裏付けされます。

 

「原罪」と「ココロ」のアナロジー

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第8話「男の子×女の子」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

 ココロが「原罪」を背負うとはどういうことなのでしょう。

 

その答えが、本編におけるココロの挙動と「原罪」の物語とのアナロジーに見出せます。

 

考えられる「原罪」と「ココロ」との類似は3つです。

 

①裸を恥ずかしがる

アダムとイヴは、知恵の樹の実を食べることによって初めて互いが裸であることを知り、イチジクの葉でもって陰部を隠したというのは有名な話です。

 

一見当たり前に思える「裸を恥ずかしがる」ということも知恵の樹の実を食べるという罪を犯すことで生じたことなのです。

 

『ダリフラ』の世界でも、「裸を恥ずかしがる」という事実が観測されました。

『ダリフラ』では、13部隊のコドモたちは性に関する知識の獲得を制限されているらしいことがところどころで示唆されています。

そのような環境下でも、「裸を恥ずかしがる」のだということは軽視できない事実です

 

このように男子の視線に敏感になり、裸を恥ずかしがるようになったというのが第一のアナロジーです。

 

②性知識を得る

禁断の果実

第二のアナロジーを見いだすためにはまず禁断の果実から語らなければなりません。

 

アダムとイヴが神の命に背いて食べた知恵の樹の実は禁断の果実として有名です。

 

本編ではないのですが、この禁断の果実は中島美嘉さんの歌うダリフラOP "KISS OF DEATH" のPVに登場しています。

 

一般に禁断の果実として有名なのはリンゴですが、これには諸説あり、その一説としてザクロが禁断の果実として扱われることがあります。

 

ザクロと人類との関りには歴史があり、例えば、釈迦が子供を食う鬼神「可梨帝母」に人肉の味がするというザクロの実を与えることで食人をやめるよう約束させたという逸話もあります。

 

このエピソードからはただちにゼロツーを連想してしますが、ザクロ禁断の果実を示すときには『ダリフラ』とさらに関わり深い意味をもつことになります。

 

「性」を知る

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第7話「流星モラトリアム」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

禁断の果実がメタファーとして用いられるとき、それは一般に「性の快楽」に関する不徳を意味します。

 

これは前述したアダムとイヴが禁断の果実を食べることで「裸を恥ずかしがる」ようになったというエピソードに基づいています。

 

つまり、アダムとイヴは知恵の樹の実を食べることによって「性を知る」ことになったのです。

 

一方、13部隊のコドモたちも「性」を知り始めています

 

性知識から隔離されてきたであろうコドモたちが「性」を知るきっかけとなったのが、第7話での都市の散策です。

 

「割れ目」をくぐる

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第7話「流星モラトリアム」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

コドモたちの性の目覚めは「割れ目」をくぐるということによって象徴的に示されています。

 

「割れ目」というのは女性器の喩えとして用いられることがあります。

 

さらに以前の考察でコドモたちの「ママ」「大地」であるということも述べました。

 

つまり、コドモたちは上の画像のように、割れ目は割れ目でも「母の割れ目」を通って都市へと出たことになるのです。

 

このことは非常に示唆的です

 

「母の割れ目」をくぐってたどり着いた都市が「外界」ならば、あの海岸は「子宮」に、海水は「羊水」に見立てられるわけですし、何よりココロはその「外界」『はじめての出産』を手に取り、性に関する知識を得たわけですから。

 

また本編で言葉だけ出てきた「グランクレバス」「クレバス」「割れ目」という意味ですから、この「グランクレパス」に到達したとき、第7話同様にコドモたちが性について何か重大なことを知る、あるいは何か重大なことが起こるのではないかということも想像できます。

 

ともかく、以上のようにココロもアダムとイヴ同様に性知識を得たというのが第二のアナロジーです。

 

③産みの苦しみ

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第3話「戦う人形」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

第三のアナロジーは「産みの苦しみ」という点にあります。

 

先日Twitterにてフランクス操作時にピスティルだけ物理的ダメージを受け、ステイメンは無傷であることをしてきしたところ、それは「出産の暗喩」なのではないかというご指摘をいただきました。

 

なるほどたしかに現実世界の出産も女性だけが物理的痛みを伴い、男性の体には負担がかかりません。

 

これは鋭いご指摘であると思われます。

 

そしてここにこそ第三の類似があります。

 

すなわち、フランクス操縦時にピスティルだけがダメージを負うのと同様に、イヴも出産時に産みの苦しみを味わうということになっているのです。

 

産みの苦しみを味わうのはイヴが女なのだから当然では?と思ってしまいますが、産みの苦しみはイヴが原罪を犯して初めて背負ったものだということが重要です。

 

つまり、子供を産むということとそれに痛みを伴うというのは、初めから女に備わっていたものではなく、イヴが原罪を犯すことで初めて罰として神から与えられたものなのです。 

 

原罪を背負うことで初めて生じた「産みの苦しみ」がピスティルにも表れているということは、ピスティルたちも「原罪」を引き継いでいる証拠だと言うことができるでしょう。

 

以上のような「産みの苦しみ」第三のアナロジーです。

 

 最も「罪深い」ココロ

これまでで示した3つのアナロジーによって、どうしてココロが原罪を背負っていると言えるのか、それはどのような点に反映されているのかということがわかっていただけたと思います。

 

そして3つの類似で見られるように、原罪を背負うことで生じる作用はココロだけでなく、13部隊のピスティルたち全員に起こっているのではないかということも考えられます。

 

裸への羞恥心も、性の目覚めも、産みの苦しみも、ココロ以外の13部隊のピスティル全員に生じているものです

 

しかしやはり十字架を背負ったのはココロだけであり、原罪のあらわれはココロにおいて最も顕著であると考えられます。

 

その顕著さの端緒が見られるのが以下の場面です。

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第8話「男の子×女の子」より ©ダーリン・イン・ザ・フランキス製作委員会

この場面で男の子との協力を促すココロは「そこから生まれてくるはずだから、未来とか、希望とか……」と力説します。

 

「未来」「希望」という言葉で濁してはいますが、ココロはもう『はじめての出産』という本から赤ちゃんが生まれるということを知っているのではないでしょうか。

 

こういった出産に関する本には、出産に伴う様々な悩みとその解決法というものが載っているものですが、中には「妊娠時に性交をしてもいいのか?」という悩みが記載されていることもありますし、ココロがすでに「性交」を知っていてもおかしくはないかもしれません。

 

ともかくココロが他のコドモたちに比べ、より多くの性的知識を備えていることは確かです。

 

そのように性に関して最も深くまで知ってしまったココロは、性に関する一切を締め出すというオトナたちの観点からすれば、13部隊の中で一番「罪深い」と言えるかもしれません。

 

ではそんな最も「罪深い」とも言うべきココロにはどのような運命が待ち受けているのでしょうか、原罪を犯したアダムとイヴのように何か神から罰を受けてしまうのでしょうか

 

この疑問を探るためには、再び「原罪」のエピソードへと舞い戻らなければなりません。

 

 

少し長くなってしまったので、コドモたちに待ち受ける運命から予測できる今後の『ダリフラ』展開については、後編で述べたいと思います。

 

<後編↓>

 

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※本ページの情報は2019年2月時点のものです。最新の配信状況は U-NEXT
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